「なあ、梅澤……お前、三年生にセクハラ受けてんだって?」
「そうなのよ。どう思う?」
「火つけてやろうか? そいつ」
「うわぁ……」
絶対“あいつ“だ。
「「会社、焼きましょうか?」」
今この瞬間、私は確信した。
何かと私の問題に関わってこようとし、心のスキにつけいり、味方を装おうとする。
おぞましい魂胆。
「「会社、焼きましょうか?」」
そんなメッセージをシラフで送って送ってくるのは“アイツ”しかいない。
もう、うんざりだ。
冷静に考えてみれば、“あいつ”の存在が、私の“趣味”の領域にまで入り込んで来ているということである。
私は、これを自分への挑戦状だと受けとった。
だから、言ってやったのだーーー。
素晴らしい。
「「お前潰すわ」」
1000点満点だ。
私はその文面を何度も見返した。
スクショも撮った。
どきどきしながら返信を待っていた甲斐があった。
いや、返信してくれることさえありがたいことなのだが。
ぴろりんっ。
「「土日のどっちか空いてる? お前マジで大学こい。潰すから」」
ふたつも来た。
一日にふたつも、彼女からメッセージが来るなんて。
それは、大学以来の快挙だった。
私は、これを自分へのアンサーソングだと受けとった。
だから、行ってやるのだーーー。
当日。
「「私もう着いてるから」」
「「うい」」
秒で返ってくるラインに嫌悪感を抱きつつ、私は“ヤツ“を潰す策を考えていた。
為すべきは、「心を折ることだ」。
そのためには、何が一番効果的だろうか?
1.刺す
2.警察につき出す
3.このまま帰る
私としては1が最も望ましい。
だが、一度“ヤツ“を刺せば、私は多分「強い殺意が認められる」として長い懲役を食らうことになってしまう。
それは面倒だ。
2.警察につき出す。
これが“ヤツ“を社会的に抹殺するのに一番手っ取り早い方法だと思っている。
まず、適当に“アイツ“が話してくるのを待って、適当に話を合わせる。
そうすれば“アイツ”は勝手に気分を良くして、警察に提出するに値する証拠材料を提供してくれるだろう。
あとはカメラなりボイスレコーダーなり準備すればもう、完璧。
ついでに会社のバカ共も警察につき出そうかな!
そして、3.このまま帰る。
うーん、これは……。
“ヤツ“のことだから、待ちぼうけを食らわせたとしても、後日また同じようにオンラインでつきまとってくるに違いない。
逆に、ヤツを“精神的”に折るにはこの手が一番いい可能性もある。
あいつは大学のときからプライドや、自己顕示欲の高さが透けて見えていたし、相当なダメージを期待できるのではないだろうか……。
「……」
なんて考えているうちに、遠くから、“ヤツ“と思しき人影が近づいてきた。
「……」
「おう、遅かったね」
「……」
「じゃあ、ちょっと場所、変えようか」
「……」
「どうしたの、なんか喋ったら?」
「……」
「はぁ……もしかして、びびってんの?」
「……」
「じゃあ、言わせてもらうな」
「……」
「お前、どの面下げて」
「やっぱりかわいいなあ、お前は!」
「……は?」
やつは、私の言葉を遮るかのように、大声で続けた。
「変わらねえ、やっぱりお前の顔が一番良いな!!」
「は……何言ってんの」
「俺はな、お前が好きなんだ」
「……は?」
「お前に死んでほしくないんだ!」
「……」
「俺は、お前が自分の好きに生きるのが幸せだと思う」
「……」
「お前は賢くて、いいやつだから、周りはみんな放っとかないし、お前はその期待に応えようとするだろう」
「……」
「俺は、お前にとって何者でもないし、そんな資格もない」
「……」
「でも……お前がそんなやつらに小突かれて、嫌な気持ちになってんのを黙って見てることなんてできない」
「……」
「お前が辛くなったとき、俺は死にたくなる」
「……」
「それだけ、ずっと言いたかった」
「……」
「じゃあな」
“ヤツ“は、本当にそれだけ言うと、駅の方へ消えた。
「……あほくさ」
「ちょっと、そこの」
「……」
「何ぼーっとしてるの。手を動かしなさいよ」
「はい、すいませーん」
カタカタ。
「あのさあ、梅箸ちゃん」
「……」
「梅箸ちゃんって、彼氏とかいんの?」
「いませんけど?」
「へぇ、じゃあ今度さぁ」
「あ、今はいいんで。そういうの」
「……あっ、そう」
「さ、今日も描こーかな……」
ぴろりんっ。
「「新作描きました。見てやってください」」
おわり