それから、ニ週間後ーーーー!
「……」
「勝負」当日。店内に、異様な空気が立ち込めていた。
「……なんだよ、あの黒服の連中は」
「ええ、彼らは「クーロンマート」の誇る、味のエキスパート……“商品開発部“の皆さんです」
「けっ、コンビニ風情が……オレたちの料理を審査する気かよ」
「秋山っ、またそんな言い方して……」
「……では改めまして、本日の“料理勝負“について、説明いたします」
「……」
「お題は、「夏を彩る料理」でしたね。暑い夏にぴったりな、“涼しい“料理を期待しています」
「……」
「もちろん、商品化するわけですからーーーテーマに加えて、「作りやすさ」や「栄養価」などからも評価させて頂きます」
「……」
「食材は、こちらの方でも用意しておきましたのでーーー必要であれば、ご自由にお使いください」
「……なあ、キリコよ」
「……なんだよ」
「ちゃんと考えてきたのか? 「コンビニの料理」とやらは」
「当たり前だ。あたしはお前とは違う」
「ふっ、そうかい……」
「では、調理を開始してください!」
「……!!」
「……!!」
九頭川の合図を皮切りに、二人は火がついたように動き出した。
驚くべきは、二人の行動の速さだった。
両者とも、用意された食材に吸い寄せられるかのように、必要な食材を掻っ攫っていく。
「な、なんだ、あの「速さ」は……まるで、十年も同じ動きを繰り返してきたような……」
「彼らにとっては普通のことですよ。特に、あの二人はそこらの料理人とは“モノ“が違いますからな」
キリコは、「クーロンマート」が用意したクーラーボックスから、“赤いモノ“を手に取った。
その瞬間、ジャンは、別のクーラーボックスから、“細長いモノ“を手にした。
「しかしまぁ、横から二人の様子を見ていてもーーーまるで料理の予想がつきませんなぁ」
「……い、いかん、キリコーーー!」
「えっ?」
キリコは、中華鍋の中に、卵とトマトを混ぜたものを入れていた。
「……おうおう、キリコよ。お前の作る料理がわかったぜ」
「あっそ……そんなこと言ってないで、自分の料理に集中したら?」
「俺のはもうできてるからいいんだよ」
「……」
「カカッ!……なぁお前、その料理ーーー“失敗“してるだろ」
「……」
「え? 失敗……?」
「残念だぜ、キリコーーーお前がそんな基本的なこともわからないヤツだったなんてな!」
「……」
“ククッ、これからお前は、卵とトマトを炒めるつもりなんだろうがーーーそれは大きな“間違い“なんだ!!”
「……」
“なぜなら、炒めたトマトから出た水分と、卵が混じり合いーーーケチャップみてーにバシャバシャになっちまうんだからなーーッッ!!”
「……へぇ、でもそれは……“普通に“炒めた時の話だろ?」
「……なに?」
「なあ、なんか部屋暑くないか?」
「……おい、あれ見ろ!!」
従業員が指差すその方向。
突如として、五番町霧子の眼前に、“蝶“が現れた。
「なんだ、ありゃあ……!?」
もっとも、それは“蝶”などではなくーーーキリコによって作り出された、食材の奔流である。
「あ、あれは、先代の……「熱気圏」じゃないか!?」
「……」
「熱気圏」、それはーーー「中華最高の料理人」と言われた五番町陸十の遺した“技法“である。
振った鍋の中の食材の流れが、“熱気“と素材の“旨味“を閉じ込める「熱のドーム」を形成することからーーー「熱気圏」とされている。
「キリコ、いつの間にオヤジの技をっ……!」
「どうだ! ジャンーーーこれが五番町キリコ流「熱気圏」だ!!」
“ーーー“五番町キリコ流“!?“
「私にはお祖父(ジイ)ちゃんほどの腕力(パワー)がない……でもね、そんな私でもこのやり方なら「熱気圏」を実現することができる!!」
キリコが用いた技法は、“特殊“だった。
「それもそのはずーーー本来、「熱気圏」とは、「鍋を振る」という基本の動作を極限まで極めた先に起こる現象のようなものだ。そこには当然、鍋を「縦」に振り、食材を回転させ続ける筋力が必要になってくる」
「で、でも、キリコさんは、全然、鍋を振っていないように見えますがーーー」
「そうーーーキリコが眼をつけたのは、「横」だ! ∞(無限)を描くように鍋を「横」に揺らすことでーーー鍋を「縦」に大きく振らずとも、食材の“慣性”、“遠心力“で「熱気圏」を生み出すことに成功したんだ!!」
「……えっと、つ、つまり、「鍋を振るチカラ」じゃなくて、「食材が動く勢い」を利用してるってことですか!?」
「どうだ、秋山……これが私が中国修行で身につけた新しいチカラだ!!」
「……」
「で、でも、あの技に、なんの意味がーーー」
「恐らく、「熱気圏」を使うことで、水分を飛ばしているんだろうが……その先は、食ってみんことにはわからん」
「すげぇや、キリコさん……こりゃ秋山もとうとう敵わねぇんじゃねえか?」
「……」
ジャンの眼は、キリコが空に描く“蝶“に釘付けになっていたーーー。
“そうだ、秋山……お前は今日、あたしに負けるんだ”
「……」
“「料理は勝負」だの、そんな事は、お前のためにだってならないんだーーー”
「……」
“さぁ、“負け“を認めろ!! 秋山!!“
「……ククッ」
「……」
「カーッカッカッカッカッカ!!」
「あの野郎……」
「何がおかしいんだ!?」
「少々、驚かされたがよ……何の問題もねぇな」
“……なんだと!?”
「キリコ、やっぱりお前は根本のところがワカッてねぇ!ーーー勝負の場において、そんなもんはただのヒマ潰しの大道芸なんだよ!!」
「……」
「なにが「熱気圏」だーーーご大層な名前をつけてはいるが、単に鍋を振ってるだけじゃねえか!!」
「野郎、オーナーの技を侮辱しやがった……」
「バカだぜ、アイツ。キリコさんに殺されろ!」
「秋山……」
「……あん?」
「時間になりました!! 両者、調理をやめてくださーい!!」
「……後悔するなよ、今の言葉……」
「……へっ、誰がお前なんかに負けるか!」
「さあ、両者出揃いましたね!」
「……」
「……」
「……で、では、時間になりましたので、さっそく、味見をーーー」
「待たんかい」
「えっ……!?」
「お、お前はーーー」