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儂のむせび声があまりに大きかったようで、上の食堂から宮本が降りてきた。
「どどど、どうしたんですか石原さん」
笑いがおさまってから、儂は、宮本にも小僧の日露戦争抄を読ませる。
宮本、何度か読み返しながら、不思議そうな表情を浮かべたままだ。
では感想戦だ。宮本も、用事がなければつきあえ。
「お借りしたすべての本に目は通しましたが、政治と、海軍については思い切って省略しました」
いいぞ。その大胆さがいい。しかし、なぜだ?一応きこう。
「資料の偏り故です。しかも、少ない記述にもかかわらず相互矛盾も多かったので、確認ができませんでした」
まあな。陸大から門外不出の史料も持ってきたが、海軍のは無いからな。縁も無い。
「何周か読むうち、師団のそれぞれが顔を持ち始めました。私の頭の中で」
なるほど。なるほど。道理で人のようだ。
「どの資料も、第何師団と、数字でしか書かないので、わかりやすくするために、衛戍地名に置き換えました」
さらに、番号を算用数字でな。すばらしいぞ。画期的発明だ。
「はじまりと、おわりを決めて、あとは適宜必要なところだけ。もっと挿入して長くすることもできますが、まずは最小限の内容だけで判断していただきたく、このようにまとめました」
出版社に持ち込んでもいいくらいだな。小僧、どこで覚えた?そんな営業術。
「これだけでも私は十分疲れたのです。もうご勘弁ください」
宮本も、どうだ。なにか言え。
「ははあ。聞きながらですと、なるほどです。私だったら、村田銃や有坂砲がどこでどれだけ使われてたか、とか入れますかねえ。いえ、書きませんよ。書けませんて。でも、なるほどです」
二人とも。というか宮本。この件は口外するでないぞ。儂は軍法会議ものだ。
コダマ。これはもらっていく。礼を言うぞ。
また、こういう遊びをしたいな。嫌か?そう言うな。
今日はいい気分だ。ちょっと散歩でもするか。なんでも好きなものを買ってやるぞ。
では宮本、儂らはちょっと出かける。
この部屋の鍵は、これだけでは不用心だな。もっとしっかりしたものに替えてくれ。頼んだぞ。