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神田正種大佐という、奇々怪々なる妖怪おじさんについて。
「お前は神田とウマが合うと思う。会えたら会っておけ」
石原閣下から、謎めいたことを言われてました。
どーゆー意味かな。と、実際お会いしたあとですら、彼の実態がつかめません。
神田さんて名前、関東軍内だけでも何人かいらっしゃるので、私の中ではタネさんって勝手に呼んでます。
二つ名を贈るとしたら、ロシア語使いの老忍者。
意外と若そうにも思えるんですけど、年齢すら一見、不詳。
すごいんですよ。顔に特徴が無い。
どんな顔って説明も難しいし、印象にも残りにくい。
まさにスパイになるべくして生まれてきたようなオッサンです。
前世ではスパイ小説も、国際犯罪サスペンスも、007シリーズだってギャグからシリアスまで、そこそこ親しんできましたが、スパイって例えばツケボクロとか、目立つ傷とかをわざと顔につけておくといいんですって。そこを覚えさせて、他の特徴を記憶に残らなくさせるべしって変装のイロハに書いてありました。
タネさんがツケボクロしたら、外した瞬間に絶対わからなくなるわ。尾行中止だわ。
第一印象は、そんなでした。
もっと驚いたのは、彼の自己紹介。
「私は特務畑ばかり歩いてきてね。いつもいろんなとこコソコソ渡り歩いてるんで、どこかで会うかもしれないね。そん時は、よろしくね」
なんて、飄々と言うんですよ。初対面の相手にですよ。
こんなスパイいるかよ。
どんな余裕だよ。
不気味すぎるよ。
すっかり煙に巻かれて、何もしゃべれないでいると
「まあまあ、そう緊張しないで」
ってお茶飲みながら、こっち見てんのかどこ見てんのかわからない目つきで。
心の中まで覗かれているかのよう。
そんな、冷や汗タラタラでした。
ウマが合うってどういう意味ですか閣下。帰ったら、当たり障りのないよう聞いてみたいと思います。
今年3月、私が南京でサバイバルやってた頃に丁度、タネさんはシベリア鉄道でヨーロッパへ行ってたらしい。
4ヶ月くらい、イギリスやリトアニアやラトヴィアまで商売人のフリしてぐるぐる周り歩いて。
「帰ってきてその旅行記を書いたばかりなんだけど君にも感想きいてみたいけど勝手に見せると私が怒られちゃうからねえ」
なんて笑っていらっしゃる。
ああ。閣下も、そういうのメチャ好きそう。
閣下ヅテで私の手に回ってくるかもしれませんね、その旅行記。いつか。
ペンネーム使ってても、あ、これ書いたのタネさんだってピンとくるかもしれません。
その時は、ファンレターでも書きますよ。
タネさんは、支那語もできるけど、メインはロシア方面なんだそうです。
おそらく英仏語も困らないんでしょう。
特務だ。ホンモノのトクムだ。
私自身のスキルがまだまだ全然浅いので、今回はさほど、報告できる話題はないのですが。
「コダマ君がそんなに本が好きなら、今度、大連の満鉄文庫資料室を案内してあげよう。私以外に誰も入ろうともしない図書館だけどね。あそこは、楽しいよう……」
それはそれは幸せそうに目を細めてニコニコとされるんですタネさん。
話の合うお友達に飢えてらっしゃるのかもしれません。ひひーん。
ええぜひご一緒したいですね。
満洲へは、また来たいと思ってますので。次回はもっといっぱい、お話をしましょう。
思えば、2週間とはいえ、かなり濃い経験をしてきたものです。南京には及ばずとも。
港が見えてきました。まもなく、上陸します。
日本は、何もかもが、こじんまりとしているなあ。
束の間の平和が、ここにはあります。
できればこの束の間が永遠に続いてほしいものですが。
どうなることやら。