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サノです。
この度は、まことに、申し訳ありません。
私は、コダマさんを、守るため、支那行きに志願いたしました。
しかし、お守りするどころか、足手まといに足手まといで、結局、何もできないまま、コダマさんに手を引かれて、おめおめと帰ってきた、そんな情けない、あまりにも情けない、こんな、結末となってしまいました。
死んでお詫びができるものなら、何度も死のうと思いました。
今も、どう償いをしていいやら、わかりません。
会社の人は、毎日交代で、部屋へ、様子を見に来てくれます。それも、心苦しくて、申し訳なくて申し訳なくて、自分が許せなくなるのですが、コダマさんに来ていただくのだけは、お断りさせていただいて、その代わり、心が落ち着いたら、私の方から、必ずご挨拶に伺いますのでと、そう申し入れました。
領事館で見た光景が、頭から離れません。
一人になると、気が狂いそうになります。
誰かといても、気が狂いそうになります。
夜、散歩はします。できるようになりました。暗がりには入れませんが、明るくて、ひと気のないところで、思い切り叫ぶことでなんとか恐怖を紛らわせています。一時的ですけど。
そんな今夜、橋のたもとで、コダマさんに遭遇したんです。
「やあ、元気してた?」
何の衒いもなく、挨拶されました。
それだけで、泣いてしまいました。
コダマさんは、それだけ言うと、また川を見つめて、静かにたたずんでます。
いつもの。
他人にはどこまでも無関心で。
しゃべれどもしゃべれども、相手に何も伝わらなくて構わない。ただ常に自分の心の中の何かと戦っている。
そんな、いつものコダマさんでした。
私のほうが年上なのに。でも、私はどうしても、コダマさんについていきたくて、もっと教えていただきたくて、どうか、どうか、こんな不甲斐ない私でも、どうか、って、いろんなことを、吐きだしたんですね。
「そんなふうに考えてたんだ。私もごめん。ねえ、よかったら、会社へ戻って、何か飲みながらでも話さない?」
コダマさんは、どこまでも、冷静です。
そして、どこまでも、優しいんです。
この精神力の強さも、オタの成せる技だというのでしょうか。
まだまだ私には、わからないことだらけですが。
この夜、また私は、21世紀の、闇の顔を知ることになります。
エログロ。
エロティック。グロテスク。
私が領事館で見た、あれらの光景は、コダマさんにとっては幼い頃から見慣れたものの、一片だったに過ぎないそうです。
むしろ、懐かしい光景だった。
誰がこれをやったんだろう。
僕という、足手まといがいなければ。
装備が充分であれば。
他の建物も見て回って、手掛かりをつかんで、犯人を突き止めて早めに芽を摘んでおきたかった。
そこまで考えていたのだそうです。
私は一日目から、コダマさんの後ろについていくのが精一杯で、音を立てないよう言われていたので質問もなにもできなかったんです。
コダマさんは路上を見て、いろんなことを考えている風でしたが。私には考えても考えてもわからなくなるばかりで。ただただ、恐怖に取り囲まれた、不安に押し潰されていくだけの日々だったのです。
コダマさんとはぐれたら、その瞬間に何もかもあきらめるしかないと思っていましたから。
「そこまでプレッシャーをかけていたことに気づいてなかったこっちが悪いんだ。本当にごめん。でも、僕にもサノが必要なんだ。もし復帰できるなら、これを頼みたい」
濾過器付水筒。
暗視双眼鏡。
追跡用塗布剤。
無線通信機。
超小型撮影機。
地図地形を把握する機能的な携帯機器。
どれも、電子レンジほど難しくはなさそうですね。
ああ、僕にはこれができる。
コダマさんに尽くせる、僕にならできるものがまだまだ、あるんですね。
時間を、いただいて、よろしいでしょうか。