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南京の日本領事館にて、佐々木到一中佐と無事、合流。
市内の、中華料理店へ連れてっていただきました。
「今がどういう状況なのか、知らずにここまで来たというのかね。無鉄砲すぎるにもほどがある」
えええええっと。すみません。
上海って騒々しい街だなあ、くらいには思ってたんですが。
先月末に大規模なゼネラルストライキがあり、交通機関が完全に止まってたそうです。そんな不穏な情勢で、私たちがここへ向かって上海を出た直後にも、またゼネスト。
今も交通機関麻痺状態ですって。
一日遅かったら、足止めくらってました。
蒋介石の北伐軍が、上海の40km手前まで迫ってるところだとか。
そこからまず、お聞きしていいですか。
日本では、いったい国民政府軍が何とどこでどうなってて一体誰と戦ってるのかもよくわからなかったので。
「内地では無理もないと思う。私だって一から全部説明させられるのは御免蒙るがね」
孫中山先生は、亡くなられたんですよね。北京で?
「奥様や同志に見守られながら息を引き取られた。肝臓癌でね。私が最後にお会いしたのは天津で、亡くなる三ヶ月前だった。それ以前からほとんど気力だけで立っている状態で、無理に無理を重ねられていた」
北京といえば、北洋軍閥の本拠地ではないですか。そんな病体で、なぜ北京へ?
「政治的に結着をつけよう、という調整が進んでいてね。双方、戦闘を止めたのだ。実際の交渉は国民党の幹部たちが担当した。その間、先生は北京の大病院へ入院され、手術もしたが、すでに手の施しようがなかった、というわけだ」
交渉のゆくえは?
「決裂した。無理もない。国民党は、精神的支柱を失ったからね」
その後、また、北伐が開始されるんですね?
「中山先生亡きあと、国民党がまとまるまでに一年半かかった。コミンテルンについてはどこまで理解している?」
ソ連から、ボローヂンという顧問を迎えて、軍官学校をつくり、ソ連製の武器を大量導入して、今度こそは、と北伐再開して、中山先生が果たせなかった湖南省を越えて、、、とか。
「湖南省……ああ、衡州のことか。ふむ。一つ質問するよ。ある戦闘集団を見て、革命軍か、北洋軍かを見分けるには、どうすればいいと思う?」
え?
あれ。そういえば。
軍服?北洋軍は全員軍服着てそうな気もしますけど、革命軍はバラバラかなあ。
兵器はどっちも輸入品ばかりだろうし。
あ。もしかして、旗ですか?
「正解。実際、衡州では大した戦闘はしていない。地方軍閥の領主・唐生智と交渉して国民党側に就かせたんだ。青天白日旗が揚がり、そこの軍勢は南から北へ回れ右して、革命軍と一緒に行進した」
三国志でもそういう状況、よくあったような。
武器では見分けつきますか?北洋軍の武装も外国製ですか?
「北洋軍はソ連以外のものをあちこちから寄せ集めている。チェコ製、デンマーク製が多いかな。資金源としては日本も相当に貢いでいる。張作霖は満洲の奉天に、東京砲兵工廠よりずっと大きな工場をつくってて、そこで銃弾から野砲山砲、重砲までつくらせているという噂だ」
それも日本が出資してるんですね。張作霖だと、政府じゃなくて関東軍か。
「ちなみに北洋軍といっても結局軍閥の集まりだから、統一感はないよ。北京を中心とした中華民国北洋軍閥に属する軍勢を、こちらでは連合軍とも呼んでいる。これも分かってないと混乱するだろうね」
正直、どっちに軍配が上がると思いますか?
「私は、孫中山先生と、その遺志を継いだ蒋介石に肩入れしている。が、日本政府としては北京に勝ってもらわねば困るだろうな。ただ現在の若槻内閣は、徹底して支那への不介入を宣言している。駐日英大使からの派兵要請にも一切応じない。だが、支那の実情をちゃんとわかった上でそうしてるならいいが、何も見ていない。最後に勝ち馬に乗ればいい程度の考えしかしてないように私には思えるがね」
北伐が今度こそ成功して、国民政府が支那を統一すると、支那は共産国家になりますか。
「それはよく議論される。支那の赤化ね。私は、それは無いと思う。中国共産党はまだ未熟な集団だし、やはり蒋が勝つとしてだが、蒋は、強烈なアカ嫌いだ」
それは、本人を知っているからこその、確信ですか。
「そうだね。ああ、そうだ。君たちにはこれを言っておきたかったんだ、漢口へ行くのはやめたまえ」
どういうことでしょう?
「漢口は昨年、国民政府が支配したが、そこを拠点としてるのはボロディンだ。蒋の南昌政府に対して、武漢政府を宣言している。そこには、アカしかいない」
え?あれ、ええと?
もうちょっと詳しく。
「北伐開始時点で、とっくに蒋とボロディン一派は決裂してるんだ。だから最初から二手にわかれて進軍した。これをわかってないと、全部が統一された国民政府の仕業になってしまい、混乱するだろう」
あらためて、地図を見直す私たち。
国民政府の革命軍は、まったく連携していない二つの頭脳が独立して北伐してたんですね!
でも、旗は、同じなんだ!!
「戦略も異なる。無用な戦闘を避け、まずは進軍先の領主や地方政府との交渉から入る。これはどこの軍隊でも同じだが、蒋は国民党の一員となるか否か、三民主義に基づいた中華民国の法に従うか否かを基準にし、地方の企業や有力者をなるべく味方につける。これに対し、共産派の方針ではまず問答無用で有力者や金持ちを殲滅し、労働者たちを解放する。最底辺の労働者たちに、我々と共に戦えと教育を施し、共産主義に同化させていくことに、より多くの時間をかけながら、進軍する」
むげええええええ。
頭ではわかってたような気もしてたけど、それは、とても仲良くなんてできる次元じゃないわ。
「もう一度言うが、漢口はそんなアカどもの巣窟となっている。すでに英国領事館は租界ごと、中華民国への返還を約束させられたが、日本租界も同じ手で支那へ回収されようとしている。これが現在の、漢口の状況だ」
ゴクリ。
「日本海軍が、揚子江を遡上して漢口へ向かっている。陸戦隊200名を派遣して威圧するつもりのようだ。そんなところへ飛びこもうなんて、よくも石原少佐が許可したもんだな」
はあ。あの人は、興味ないことにはとことん興味ないですからね。
今はすっかりスピリチュアル坊主なんで。支那のそんな実情、知りもしなかったんでしょう。
「責めないよ。内地の新聞でも、そんなことわかってる奴ひとりもいない。まともな記事を読んだためしがない。外務省からしてそうだからな」
佐々木中佐から報告を上げられたりは、しないのですか?
「さっきも言ったと思うが、私は、はぐれ者さ。肩書きは北京駐在武官だが、北京にいる限りは張作霖に媚びを売ってなきゃ生きられない。そんな奴しか残らない」
泣きたくなってきますね。
「私も冷や飯食いだが、それでも最後に蒋との交渉に使える貴重な手駒だと思われてるからこうして生かされているんだろう。こんな状況をわかってもらえるなら、それで充分だよ」
ありがとうございます。本日は貴重なお話をうかがいました。
「ところで、石原少佐から言われているが、ここの払いはホントに君たち持ちでいいのかね?」
はい。もっとじゃんじゃん食べていただいていいですよ。
「いや、ありがとう。今言った理由で、接待費なんかもロクに出ないのでね。こちらこそ礼を言う。それじゃ私はこのあと北京へ戻らなくちゃならないので失礼するが、いいかね、なるべく早く、気をつけて帰るんだよ」
そうします。ありがとうございました!
はあああああああああ。サノくうううん、疲れたねえええ……。
いったん旅館へ戻って、ちょっと頭を整理しようか。