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あけましておめでとうございます。
本年も、日本特殊工業株式会社をどうぞ、お引き立ていただきますよう、お願い申し上げます。
社長の、宮本光一です。
本日は、皆様にお伝えしたい話題が、ふたつ、ございます。
ひとつめ。ついに、我らが悲願の国産戦車、試製第壱号が、大阪工廠で、完成しました。
来月、なんと、御殿場で、公道を走る、自力走行試験というのを予定しております。
昭和の夜明けを飾るにふさわしい、盛大な催しとして関係者一同、準備に大わらわです。
私は一般客にまぎれて見物します。陸軍や主計局からも大勢見に来られるようでね。
我らの苦節がついに、実るわけです。間に合って、ほんと、ほんと、よかった。
ふたつめですが、コダマ君が、いきなり、支那へ行ってみたいと言い出しましてな。
一同びっくり。
全員で止めたんですが、あの子の弁には勝てません。びっしり考えた上での、宣言だったようです。
戦車が活用される戦地は、支那である。その下見をしてきたい。
それは我々も考えてましたが、それこそ軍出身者もおりますし、実際に支那へ駐屯してた石原さんに相談したり、宇垣大臣でも技術本部でも、もっと専門的な人たちがいっぱいいるよ。君が行く必要はない。
「もちろん、それらの情報が全て必要です。そこへ、自分の分析も参考にしていただきたい。今までも、皆さんが意見を出し合って煮詰まっているところに自分が口出しをして、大きく流れが変わったことも一再ならずありましたでしょう。私だけでどうしようというのではありません。ですが、自分なりに、気づけることは少なくないと思います。それをできるかぎり調査してきます」
じゃあ観光地を回るとかじゃないんだね。ますます危険じゃない。支那語だって、しゃべれないだろう?
「石原閣下がおられた漢口には日本陸軍駐屯地がありますので、そこへの紹介状をいただいて、ご厄介になろうと思って相談しましたが、民間人なので領事館の方がよかろうと。その代わり、陸軍で支那通と呼ばれる方にも案内をお願いする方向で、目下調整中です」
はあ。根回しもばっちりなんだねえ。
「石原閣下のお力添えがなければ私もさすがに決心しませんでした。領事館から、毎日電報を打ちます。病気になったり、金を掏られたりして資金がなくなったり、その他不穏な状況が発生した場合はすみやかに帰国します」
決心かあ。もう決心しちゃってるんだ。
君の決心を翻意させられたことは今まで一度もなかったからねえ。
これからも、なさそうだねえ。
そんなわけで、どうやら、行ってらっしゃいになりそうです。私はコダマ君の親みたいなものですからね。心配で心配でたまりませんけど、これが自分の息子だったら絶対に行かせませんけど、コダマ君だからなあ。大丈夫かな。
電報は、ここに送るように、約束させました。
あとそれから。
サノ君も一緒に、行ってもらうことにしました。