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1ヶ月、いったい何をしてたっけ。
妻が死んだ。
翌朝、普通に出勤して、仕事をしていたら、上司に呼ばれて、怒られた。
休みをもらった。
実家へ帰った。
葬儀をして、そのあと、ゴロゴロしてた。
母と何度か、買い物に行って、食事して。
それ以外に、何かしてたかな。
記憶にない。
電報が来た。
「7月15日、出産予定」
あわてて、出発した。
到着したのは、15日の夜だったけど、雷雨に見舞われてて、実験は延期されているそうだ。
上司の自宅へ顔を出す。サンドイッチをつくってもらった。
まもなくバスが出るという。
乗る。クラウスの隣に座る。
この1ヶ月のあらましを聞いてるうちに、だんだん記憶が戻ってくる。
反対側の隣席には、レナードという、ニューヨーク・タイムスの特派員が座った。
すでに主要なメンバーへはインタビューを終えているらしい。科学担当だそうだが、それにしては基本を理解していない。
揺れる車内で、いちいちメモをとっている。
努力家なのは認めるが、その程度のお勉強は家でしてきてもらいたいものだ。
彼の書く記事は間違いだらけだろう。
その原稿を添削する人はいるのだろうか?二度手間じゃないか。
僕の口は重くなっていく。
無口な少年の姿を思い浮かべる。
今日は会ってない。バスにも乗っていない。会いたいな。
泥濘地の走りづらさはひどいものだった。
ベースキャンプへ到着すると、このプロジェクトに関わっている物理学者が各州から集まっていて、さながら同窓会だった。
爆発が大気中の窒素に連鎖して、我々全員ここで死んだら、科学は100年あと戻りするぞ。と誰かが大声で囃し立てている。
軍人の何人かが本気にして顔を引きつらせていた。
レナードもメモをとっている。さぞや面白おかしく書くだろう。
残念ながら、そんな非科学的な事態は発生しない。
ワシントン・チームの友人から、プルトニウム製造工場ではすべてが遠隔操作なのだと聞く。
僕たちのHALに手足はないが、ワシントンでは人間が意のままに操るロボット・アームの技術が、究極的に発達しているらしい。
ドッキングさせたら面白いものが生まれそうだね、と話す。
1月に停電が起きたそうだが、日本軍の風船爆弾が太平洋を渡って辿りつき、工場内の電線に接触したのが原因だという。幸い、爆弾は搭載されてなかったそうだ。
安全装置が適切に作動することがわかって皆喜んだ、と前向きなオチがつく。
明け方には晴れてきそうとの連絡が入り、いよいよ決行と発表される。
僕たちは、ベースキャンプよりも更に離れた、爆心地から20マイル地点の観測所へ向かう。遠すぎやしないか。
着く頃には、雨も上がり始めてきた。
通信機の調子が悪いというので、見に行く。外は寒い。
修理していると、背後の闇から蛙の大合唱が聞こえてきた。窪地の水溜まりで、盛大な交尾ショーだ。
君たちも、産めよ殖やせよ。
通信は回復した。
カウントダウンが始まる。
皆、夜明け前の、東の地平線を見つめる。
05時30分。
白い光がきらめいた。
上へ上へと伸びてゆく。
どんどん昇ってゆく。
時間を計るのを忘れていた。
チリチリと、熱波を感じる。
続いて、音が届く。
オギャアオギャアと泣いている。
次に、爆風が襲ってきた。ちょっとした嵐だ。
ついに生まれた。生まれたんだ。
新しい生命が。
僕たちの手で。
ベースキャンプは、大混乱してるようだ。軍人たちには、衝撃が大きすぎたらしい。
エンリコは、計算通りだと、小躍りしてることだろう。
20マイル地点の僕たちは、一部を残して、サイトYへ引き揚げることになった。
僕も、帰らせてもらう。
数日後には、データが出せるだろう。
それを公表すれば、日本は降伏する。
戦争は、永遠に、終わるんだ。
レナード記者は、浮かれすぎで、うるさかった。
「原子爆弾にくらべたら、太陽の輝きなんて、一本のロウソクにも及ばないね!」
君は、保育園から、やり直したまえ。