File_1945-04-003H_hmos.
異様な静けさで、目が醒めた。
季節はずれの、雪が積もってた。
ここは標高7200フィートの台地だから、冬の寒さも辛いのだけど。
それにしたって、エイプリルだぞ。
大統領追悼音楽会へ向かう途中、子供たちと雪合戦をしてるクァールを見かけた。
今日のジュリアスは、落ちついていた。
準備されていた原稿を、厳かに読み上げて、式を無事、終えた。
副大統領だったハリー氏が、第33代大統領へ昇格。
僕たちのプロジェクトが中止になる、なんてことはよもやあるまいが。
今もまだ新大統領は、
赤ん坊について何ひとつ知らされてないという、
もっぱらの噂だ。
急な引き継ぎでそれどころじゃないという、優先順位の問題も、もちろんある。
しかし、いざ説明し、これまでの経緯を納得してもらい、
更なる予算と人材確保を了解してもらうとなると、
これがどれだけの困難であるか。
途方に暮れざるをえない。
規模縮小は、ありえる。
サイトYは最終組立工場だから、ここが無くなるのは最後のほうになるだろうが。
原料をつくっている、テネシーとワシントンのどちらかを潰し、一本化せよという意見は、強まるだろう。
カリフォルニアでの遠心分離実験は、とっくに打ち切られてていいはずなんだが。
オーランド博士が、しぶとく粘ってる。
僕たちはとっくに見限ってるんだけどね。
赤ん坊は、二種類つくられてるんだ。
そのどちらが正解になるのか、僕たちの誰一人、まだわからない。
それぞれに問題を抱えてる。
サイトYでは両方の設計を、今も並行して進めている。
どちらが先に届いても、すぐ組み立てに入れるように。
あとから考えれば、採用されなかった方はムダだろう。
しかし。
遅れることこそ取り返しがつかない、という大原則にしたがって、僕たちは、最善を尽くしている。
一本化するのは、もっと見切りがついてからだ。
いま決められちゃ、たまらない。
ウラニウムという金属がある。
原子量では、天然資源で最大だ。ものすごく重いってことだ。
中性子という、ものすごく小さな石をぶつけると、このウラニウムは二つに割れる。
その際に、大きなエネルギーを放出する。
ついでに余分な中性子も飛び散るから、
ビリヤードのようにうまくウラニウムを配置しておいて、
次々と玉衝きさせていければ、
一つの仕掛けで莫大なエネルギーを生み出すことができる。
ウラニウム原子を一個割るだけなら、マッチに火が付く程度の力でしかない。
でも、1ポンド集めて並べて、次々に割らせていければどうだろう。
町ひとつ、吹っ飛ばせるだけの爆弾がつくれちゃうよね。
これが、そもそもの、アイデアだ。
原子核分裂によるエネルギーの解放が初めて実測されたのは、1938年、第三帝国でだ。
その頃すでに、ナチスはユダヤ人狩りを始めていた。
逃げ出せる人は国外へ逃げ出した。
合衆国へも、大勢来た。
ウラニウムはそれまで、黄色の染料くらいにしか使い道がないと、一般には思われていた。
ほどなく第三帝国は、チェコスロヴァキアを併合する。
このとき、ただちにウラニウム鉱山を接収して出荷を禁じさせるという措置をとった。
世界中の物理学者は、瞬時に、帝国が何を企んでいるか、気付いた。
かれらを刺激しないよう。
情報を与えないよう。
僕たちが知っているということすら、知られないよう。
それからの原子物理学研究は、極秘裡に行われるようになる。
合衆国内ではコロンビア大学がこの分野で先頭を走っており、
分裂を起こすのは天然ウラニウムの中にほんの0.7%しか含まれない、ウラン235のみであることを突き止めた。
爆弾用のウラン1ポンドを集めるには、143ポンドのウラニウム原石が必要ということだ。
しかもこのウラン235を精製するためには、想像を絶するレベルの工業技術力も、求められる。
戦争が始まり、いよいよ第三帝国がウラニウム爆弾を開発している危険が強まった。
連合王国も対抗すべく猛烈に研究を進めたが、戦局の悪化に伴い続けられなくなる。
合衆国が、その計画を引き継いだ。
原理はわかってる。
あとは、造るだけだ。敵よりも先に。
かれらはすでに持っているかもしれない。
最後の手段として隠しているだけかもしれない。
そんな迫りくる恐怖と戦いながらの毎日だったと、最初期から携わってきた先輩たちは、言っている。
1945年4月15日。
もはや、第三帝国の命運は尽きようとしている。
V2ロケットは1000発近く発射されていると聞くが、未だにウラニウム爆弾は使われる兆しが無い。
やつらは赤ん坊を誕生させられなかったようだ。
わかるよ。
僕たちだって未だに、ほんとにこんなものが完成できるのかと、半信半疑でいるんだもの。
ジュリアスが、僕たちに、こんな冗談を言ったことがある。
「この計画は、失敗すると思う。
関係者は、天文学的な国家予算を食いつぶした責任をとらされる。
科学者チームの全責任は、私ひとりで負う。どんな罰も、引き受ける。
諸君にお願いしたいことは、ひとつだけだ。
私の言い訳が立つようにしてくれ」
失敗しても、全力を尽くした証は立ててくれ、の意味にもとれる。
ちがいますよね。
失敗なんて。いま決められちゃ、たまらない。
誕生させます。
その日まで、全力を、尽くすのみです。