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大統領が、急死した。
午後のニュースで伝えられたが、皆、茫然となり、仕事が手につかない。
ジュリアスが終業を宣言した。
噂よりずいぶん病気が進行していたらしい。
報道ではひた隠しにされていたけど、大統領は常に車椅子の人だった。
だから、チャーチルやスターリンとの会談でも、全員が座ってる写真しか存在しない。
不自然だろう?でも、皆がこの秘密を大切に共有していた。
それが、連合国の結束を強めた一要因でもあったと、僕は考えている。
第三帝国では、先に日付が更新するから、13日の金曜日だった。
ゲッベルスめ、いよいよ占星術師を頼りだしたか。なんてジョークを聞いた。
構わない。オカルトに縋りたいなら縋ればよい。
僕たちの赤ん坊は、占星術では実現しない。
どんな検証にも堪えられる、完璧な数理の先にしか、この子の誕生は有り得ないのだ。
帝国に、正々堂々、科学で打ち勝つ。
それが僕たちの、確固たる使命だ。
でも、今日は、たしかに、仕事に身が入らない。
休もう。しっかり休んで、泣き尽くしておこう。
これも仕事だ。
日曜日に追悼集会をするというので、今週は会いに行けなくなっちゃったよと、妻に手紙を書いた。
アルバカーキで入院しているんだ。名前は、プッツィー。
結婚して、3年になる。
結核だと判明してから、4年。
つきあいはじめてからは、12年。
クァールに聞いたが、チャイナでは、暦が12年で一巡するんだそうだ。
12種の動物が一年ずつ担当する。今年は鶏なんだってさ。
もう一周するまでには、
戦争もとっくに終わっていて、
君は完全な健康を手に入れて、
そして、僕たちの子供も生まれているだろう。何人もね。
そんな日が、待ち遠しいよ。
子供といえば、サイトYでは毎月10人くらい子供が産まれてる。
町民の平均年齢は25歳と言われてるけど、今はもっと下がってるんじゃないかな。
実際、カップルはすぐできる。
娯楽が少ないし、配給のサックなんてすぐ使い切るし。
診療所だって無料だから、産むなと言う方が無理なんだ。
科学者、技術者、軍人たち。それを支える民間業の皆さんも、家族を連れて引っ越してきてるから。
ロースクールは3ヶ所にあったはずだけど、託児所は今、いくつあるんだろう。
おそろしいことになっているだろうな。
クァールは今日もあちこちへ手伝いに行ってるみたいだから、今度聞いてみよう。
彼も、年齢的に、やりたい盛りだと思うんだけど。
ガールフレンド、いるのかな。わからないな。
そういう話題を無表情で徹底的に躱すからな、彼は。
クァールが現れて、もう、ひと月近く経つ。
ロボットなんじゃないか。という思いが、日増しに強くなる。
コロンビア大学のアイザックという秀才が、ユニークな提言をしていた。
人間そっくりのロボット召使いをつくれば、現在ある人間用の道具をそのまま使わせることができる。
合理的に、最もコストをかけずに、人間を労働から解き放つ方法だから、そんなロボットをつくろう。
理論的には面白いが、実際につくるとなると難題の連鎖だ。
僕たちが直面してる工程より複雑、かつ困難かもしれない。
問題のひとつは動力源だが。
クァールが食事を摂っているところは何度か見ているから、彼は人間だと思う。
むしろ、ジュリアスが何も食べてないようだ。
今日もげっそりやつれていた。
とても心配だ。