File_1945-04-001H_hmos.
クァールが、僕たちの機械に名前をつけた。
HAL1663。
IBMの一歩先を行くんだぜ宣言。
1663というのはサイトYへの郵便物を預かる私書箱の番号だ。
この数字にピンとくれば、関係者だと、将来でも、わかるでしょうと。
かっこいいねと、満場一致で決まった。
クァールをチームに入れて、正解だった。能率がさらに上がった。
HAL1663を構成する機械たちは、ひとつひとつがパンチカードで結果をはじき出す。これを次の機械へと手渡していくのだが、入力は人間がやるために、時々、ミスが起きる。
気付いたところで、カードを並べ、間違えたところまで戻って計算し直すのだけれど、これにものすごく時間をとられていたわけだ。
「機械ごとにカードの色を変えることは、可能ですか?」
迂闊だった。時刻さえ手書きしてれば充分だと思っていたよ。
これなら視覚的にも見分けがつきやすいし、もっといい効果は、殺風景な作業室が、おもちゃ屋みたいにカラフルになったことだ。
高校生たちの士気を上げるヒントも、クァールから提案された。
いくら数学の素質があるといっても、
何十万ドルもする最先端の機械を動かせる特権を享受してるといっても、
毎日何時間も数字とパンチの穴とばかり格闘してたんじゃ、疲れてしまう。
レコードもラジオも飽きてきちゃうし、隔離された町の中では面白い話題もそうそう起きるもんじゃない。
「せめて、かれらに、僕たちはこんな作戦に協力してるんだぞって教えてあげるくらいは、できないものでしょうか?」
上司のアルブレヒトに、掛け合ってみた。
さらに所長のジュリアス博士から、陸軍のレスリー准将まで話が届いたみたいだ。
結局、こんなシナリオがつくられた。
「昨年9月より、第三帝国はV2ロケットという、新型の兵器を投入し始めた。
この巨大な弾丸は、帝国領内から発射され、ロンドンまで届き、とてつもない破壊力を持つ。
爆撃と違うのは、制空権が鉄壁でも、防衛できないことだ。捕捉したときには、手遅れなのだ。
敵はすでに数百発、V2を発射している。ロンドンは瓦礫だらけで、住民も政府も、遠くへ疎開している。
我々は、これに対抗する兵器を開発中だ。
合衆国本土から、ベルリンを狙っている。
いま君たちが日夜とりくんでいるのは、そのための計算である。
重要なのは、他の地域、とくに連合国の兵や住民に被害を与えてはならないということ。
そのためには完璧な計算が求められる。
今はここまでしか明かせないが、君たちの肩に、世界の平和がかかっているのだ。
くれぐれも、気を抜かず、仕事に尽力してくれたまえ」
大西洋越えはさすがに無理がありませんか。巡洋艦からの発射のほうが信憑性ありませんか。
そう指摘したけど、それでは海軍の仕事になってしまうではないかと却下された。
この大嘘の効果は絶大で、高校生たちは以前よりずっと作業に熱中するようになった。
海を越えていくロケット、という壮大なイメージも、却って良かったのかもしれない。
クァールだけは、あいかわらず冷静なままだ。
心配が、ひとつだけある。
スタンリーは馘になった。
それというのも、HALを設計したあと、その改良欲がいつまでも頭を離れなかったのだ。
寝食を惜しんで計算室に入り浸り、人と接することを極度に面倒臭がるようにもなった。
計算依頼は溜まる一方となり、職務怠慢と断罪され、後任に僕が選ばれたわけだ。
気持は痛いほどわかる。
僕だって、コンピュータで遊ぶ誘惑に抗う努力は並大抵じゃない。
クァールも、そうなってしまわないかと、注意しながら、様子を見ている。
その心配は無用なようだが、これはこれで、不思議でならない。
どうして、君のような数学マニアが、それほどまでに、沈着冷静でいられる?
まさか、君自身が、未来から来た、HALをも超える計算機だから、なんてことは、ないよね?