File_1925-03-002E_hmos.
僕の名はサノ。
今日は、磁電管の話をします。
これは仕事とは関係ありません。なくはない、ですが、趣味ですね。
コダマさんの教えに従い、好きなものをとことん究めよと言われて、どうしても心から離れないでいた、これに取り組む口実ができました。
役所に勤めてた頃、アメリカで発表されたという論文の噂を聞いたのが、きっかけです。
高出力の、電磁波収束装置。
その核となるのが磁電管。
中に緻密な線輪を詰めます。これに陽極をぶつけ共振させることで、大きなエネルギーを取り出します。
コダマさんに説明してたら、線輪のことをコイルみたいだねと言われました。たしかに英語ではコイルです。
その後、
「もしかしてそれって電子レンジのことかな」
と言われました。
電子レンジについて聞けば聞くほど、どうやらこの技術が、21世紀ではとんでもない進歩を遂げているという確信を得るに至りました。
「冷たいお弁当も、レンジの中に入れて一分ほどで、ほかほかに温まる」
「水はお湯にできるけど、氷は分子が振動させられないため反応しない、だから溶けない」
「陶器や木製のお皿も、同じ原理で温まらない。生卵は爆発する」
「生き物を入れてはいけませんと必ず注意書きがある」
21世紀では、どんな家庭にもこの電子レンジというものがあり、つまりそれほど普及していて安価なもので、食事をとるため家族が無理をしてまで一堂に集まる必要もなくなったそうです。そもそも食事を作る時間が、これのおかげで驚くほどに短縮できるようになったとも。
実をいうと、私には兵器としての想定しかなかったことを恥じました。
純軍事的と思いこんでいた技術が、世界中の家庭生活を支える可能性を持つという考え方そのものが、私にとっては衝撃だったのです。
ならば、つくろう。自分が誰よりも先に、誕生させよう。
そんな野心を抱いて、取り組み始めました。
といってもいきなり電子レンジではありません。基礎技術である、磁電管が、そもそもできなくては始まりませんから。
まずは色々、作って試そう、ということで、コダマさんにも協力を願いました。
百合型、菊型、矢車型、橘型、すずらん型、コスモス型、椿型、ひまわり型など様々な形の管を作ってみて、電荷を加えて共振角周波数や電荷密度を測定。
夜な夜な、少しずつ進めました。
直結百合型、直結梅鉢型などと名付けた、とても複雑な形状のもので突入電流の増加を確認できたところで、大きな壁にぶちあたりました。
これ以上の実験をするには、より高出力の電源が必要になります。我が社の設備では限界です。
どこか電気をふんだんに使って実験させてもらえる施設はないだろうか。
なんとかそこに潜り込めないだろうか。
これは、コダマさんにも難問らしくて。むしろ私の古巣のほうが電気の道には詳しいのですが、いずれにせよ個人の趣味でできる領域は飛び越えてしまっています。
ここまでの研究成果を公開して、社長に相談しようか。
しかしそれも突飛すぎるし、慎重にことを進めねば。
その前に、本来の仕事である照準系で実績を作らないことには足懸かりさえ掴めますまい。
というわけで、しばらくは照準系に専念します。そっちもそっちで面白いのですが。
そして、僕のこんな、わけのわからない、まとまりのない話も、コダマさんはニコニコと聞いてくれるのです。
わからなくても気にしない。相手が夢中になって早口でしゃべっているときは、邪魔をせず、ただ音楽のように聴いていればいいのだと。それがオタの心得だと。
これもまた、私には、驚天動地の衝撃的発想でした。
21世紀にはオタの方が、沢山いらっしゃる。想像もつきません。
それは、ユートピアではないのですか?
どうしてユートピアではないのですか?
この謎を理解するには、私にはまだまだ、修行が必要です。