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平井さんですか。コダマです。
「ああ、おはよう。早いねえ。何事かな?」
昨日の件です。おわかりでしょ?
「報道はされてないはずだがね」
今週中に、そちらへ行きます。準備しておいてください。
「即日、差し戻しを請求してる。再調査にも、時間がかかる。いま、その報告を書いて、送ろうとしていたところだよ。これを読んでから、判断してもらえないかな」
行きますよ。そちらで読ませてください。
「事を起こされると、こちらも、困るからね。協力、しないよ。それでもいいなら、来たまえ」
……差し戻し中、なんですね?わかりました。報告書、送ってください。
「今日中に、発送します。じゃ、くれぐれも、穏便にね。よろしく」
くそっ。
あの探偵が本気で妨害してくるとなると危険すぎる。
肝腎のゾルゲ氏は人質同然です。
9月29日、東京地方裁判所が、ゾルゲ氏に死刑を宣告しました。
差し戻しとは、控訴のことでしょう。再審理。
ここまでも長かったですが、棄却されてないなら、まだ時間は稼げる。
とはいえ。
巣鴨の拘置所に収監されていることまではわかってますが、やたら広いし、何棟もある。
それ以上の情報を教えてもらえない。
平井氏を味方につけない限り、力尽くでの奪還は、ハイリスク。
シュトラウスを、脱獄させる。
平井氏にその片棒を担がせるのは至難の業です。
これまでも、通訳や看守を抱きこんで探ってもらってたので、派手な騒ぎを起こせば彼自身へ真っ先に疑いがかかるからでしょう。
それはわかります。
わかりますが、しかし。
死刑か。
ひとまず、報告を待ちます。
平井氏に手伝ってもらえるなら、脱獄計画も容易くなるはず。
なんとか味方につけ、誰にも迷惑のかからないシナリオを考えましょう。
内地へは、もはや日特との商談を装って行くのすら困難が伴います。
食料品はすべて配給。ガソリンも規制されてるので、軍用車以外は走ってないとか。
言論統制も昂じていて、書店にはヘイト本以外置けない。
それすら入荷せず、廃業する店が後を絶たない。
中国人やロシア人相手ならここで賄賂がものをいうのですが、日本人は賄賂だけでは靡かない。厄介なところです。
日本人とのビジネスって、戦争するのと同じくらい、きわめて面倒くさい。
多けりゃいいもんじゃないんです。
そいつがいくら欲しがってるのか。
要領を得ない会話を通して見定めなくちゃ成立しない。
相手の自尊心をくすぐり、そのプライドを傷つけない絶妙な匙加減の金品を受け取らせることができて、初めて具体的な交渉が始まる。
ハルビンにはハルビンのレートがあり、内地には内地の呼吸があるでしょう。
機嫌を損ねたらゲームオーバー。
昔からそうでしたが、今はもっとややこしくなっている。
異分子を排除するメカニズムに忠実、かつ偏執的すぎる。
アレルギー反応を過敏に惹き起こしやすい民族性が、閉鎖性を強めることで、極限まで尖鋭化している。
平井氏とバトルしてるうちに、そんなイメージを抱くようになりました。
清潔好きも、やりすぎは毒だぞ日本人。
ハグくらいしろ。