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6月末。牡丹江の第一方面軍司令部へ。
司令官・山下大将と、3時間ほど、サシで歓談してきました。
濃ゆい話ばかりで、疲れ果てました。山下さんも同じだと思います。
山下さんが前世で生まれ育ったスペースコロニーでは、あらゆる贅沢が許されませんでした。
地上では想像もつかないほど、衣食住、すべてにわたって。
盗んだバイクで走り出し、夜の校舎窓ガラス壊して回る。そんな不良が一人現れれば、居住区の全員が即死する。
全住民が身を寄せ合い、支え合い、教え合い、厳格に決まりを守って、やっと生活を維持できる。
小さな、小さな共同体。
それが宇宙で暮らすということ。
戦争なんて、そもそも論外。
連想したのは、深海魚の世界。
極限に順応した生態系。陽光は届かず、低温で高圧。
酸素も餌も乏しくて、身を寄せる場もなければ配偶者を見つけることさえ容易ではない。
その環境に特化した生物種は、浅海へ上がった途端に死んでしまいます。
宇宙人にとって、地表へ降り立つのは、まさにそれ。
重力との戦いに挑むことを、かれらは根本的に考えません。
外交官でもなければ地球史に興味すら持たないのは当然です。
山下さんは、今の世界に生まれ落ちたとき、まず重力を感じ、それに抗して身体を動かせることに、とても驚いたそうです。
自分の足で大地に立ち、どこまでも歩いていける。
そのときの感動を、今でも噛みしめながら生きているのだと。
私なんかより、はるかに大きなギャップだ。
しかも、数百年前に滅亡したと言われていた、祖国ニッポンへの転生。
かけがえのない、この国を、守りたい。
第二の人生をその一念に捧げようと決めたのは、必然だったでしょう。
しかし。
その大いなる夢のための一歩が、2・26だったと言われると、私は首を傾げざるをえない。
私は2・26を現場で見てました。
そして、こいつら軍人としてあまりにも幼稚すぎると、アッサリ見切りをつけた。
今も、首謀者どもの脳天気な日本改造計画には、欠陥だらけで手の施しようもなかったと思ってる。
犯罪者たちを処罰した連中も同程度の浅知恵しかなく、あの事件が何だったのか正しく検証できなかったことで、日本はますます愚か者国家への道をひた走るに至ったのだというのが、私の結論です。
私も、ほんの100年前の日本の歴史を大して知りもせず前世を過ごしてきたことを反省するので、偉そうなこと言えませんけど。
もしかすると23世紀人は
21世紀人より、もっとずっと、考える能力を退化させていて
周囲が肯定する常識を、お行儀よく摂取するだけしかできず
日本ハ素晴ラシイ国ダッタンダヨネと念仏のごとく唱え続け
その呪縛から抜け出せないのでは?
という疑念を、山下さんとじっくり話したことで、ますます強めました。
こじらせ続けて数百年。
カルト宗教、煮詰まっちゃうでしょ。
言ってませんけどね。
さすがに。
気の毒で。
そんな山下大将の、対ソ戦略が、これまた、なっちゃいない。
東京から指令が下り次第、ハバロフスクから攻めこむ予定で
方面軍では、兵へ常時、厳霜烈日な猛訓練を課してるんです。
私には優しいですが、普段は噂通り、容赦無い司令官ですよ。
くわばらくわばら。
リュシコフ亡命のあとで石原がソ連を牽制したような
あんな頭脳戦を想定しているかというと
そもそも大将はその一件を御存知ないという。
戦績として分析する以前に記録すらしていない。あまりにもダメすぎる。
当然、現在のソ連兵力についても、日本は軍も外務省も、正確な情報を得る手段を持っていない。
ハルハ河の戦いについては
報告を読み、マレーで一緒だったときに辻から詳しく聞いたとのことですが
辻に言わせると
「大本営が撤退命令さえ出さなければソ連が講和を求めるまで耐え抜いた。だから次は負けぬ」
そんな彼の力説に深く共感し、次こそはその手で粘り勝ちに持ちこもうという基本姿勢のようです。
山下大将。あなたそれでも軍人ですか。
辻って、どんな人物ですか?山下さんから見て。
「最初は、軽薄で、尊大で、いけ好かん奴だと思った。しかし自ら最前線で指揮を執り、兵を鼓舞し、不可能を可能にする。あの行動力は、まさしく傑物やき。問題は多いぞ。組織の長としては不適格だ。だが、あんな奴が前線に百人もおれば、英米もソ連も日本の敵ではなかろう。それはシンガポールで証明した。辻はいま陸大の教官におさまっとるが、優秀な将校を育ててもらって、対ソ戦開始の暁には、ここで参謀に就いてもらいたいと思うとる」
辻が百人、ですか。すでに何体か、コピーロボットいそうですけどね。
それは血を吐きながら死ぬまで走り続ける、孤独なマラソン大会です。
少なくとも私は、そんな国を生き延びさせたいとは思いません。
過去未来永劫。