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康徳10年。民国32年。皇紀2603年。西暦1943年。
あけましておめでとう。
戦況が悪くなってきたゆえに、年末年始も自粛ムード。
昨年は、開戦直後だったし、香港陥落などの勢いもあり、情報蒐集を兼ねて17号へも挨拶回りしたんですけど。
今冬は、敬遠しました。
山下トモユキ中将と鉢合わせなんかしても、たまらないからね。
サノから年賀状きてます。
あいつ、海軍に召集されて、ラバウルへ行ってたんですが、マラリアか何かに罹って、半年で戻ってきたんです。
よかったね、早いうちで。
この先、戻れるなんて、よくよく、ありえないことだからね。
内地で、入院・退院して、今は戊種判定をもらって日特に復帰。勤労中。
理想的な生き延び方だね、と思わなくもない。
ちなみに平井探偵も、阿片の喫いすぎか何かを装って、うまく兵役免除してるみたいです。
あの人は何でもできそうだから、もとより心配してません。
ゾルゲ諜報団の裁判経過も、詳細に報告してもらってます。
まだまだ、長引きそう。
ソ連。
元首のヨシフ・スターリンと、外相のヴャチェスラフ・モロトフ。
かれらの存在感が、最近きわめて強烈です。
独ソ戦は三年目に突入。
膨大な犠牲者を出してドイツ軍の猛攻を一身に引き受けているという大義名分が、ソ連には、ある。
もう一つの主戦場、北アフリカと地中海で、イギリスも全力で戦っていますが、血みどろのインパクトでは東部戦線にはとても敵わない。
英米。米ソ。ソ英。
連合国首脳会談は、昨年、何度も世界各地で行われ、その都度、声明が発表されてますが。
それぞれの背景も合わせて辿っていくと、一番手札を持っているプレイヤーがソ連であることを、否が応でも痛感させられます。
チャーチルは、蒋介石さえ霞むほどの、反共トップランナー。
ドイツに屈することはあっても、共産主義者を人として認めることはありえない。
ついでにアジア人も認めない。
そんなわかりやすいアイコンです。
英国人全体が、まだまだアジア人全般を見下しているという現実もありますが、連合国ビッグ4の一角を占める中華民国国民政府に対しても、実を言えばビッグ4としたいのは中国と、米国のみ。
チャーチルの頭の中に、中国は同格の国家として存在しません。
ルーズヴェルトは、連合国すべてに笑顔で手をつながせ、枢軸国を一掃した暁には、その基本理念のまま、世界全体を恒久平和へ導いていきたいという、きわめて理想主義的な未来像を思い描いています。
中国にはことさら同情的で、永年、欧州列強と日本とに踏みにじられてきた歴史を顧みて、全チャイニーズが人間らしく振る舞えるようアメリカは全力を尽くそう、と約束しています。
チャーチルとしては、英国が最厚遇されているとはいえ、ルーズヴェルトがソ連や中国へも資源・人材・軍事技術などを惜しげもなくバラまいてる気前の良さが、それはもう、腹立たしくてたまりません。
しかし今は、その力に頼らねば戦えない。
皮肉をチクチクきかせながら、感謝するのが精一杯です。
蒋介石は、ルーズヴェルトのことをどう思っているのでしょう。
最高の恩人です。世界で初めて、自分たちの苦しみに同情してくれた、四千年に一度の救世主。
ファーストレディーの宋美齢が米議会で講演をするためワシントンDCへ旅立ちました。到着直後に精密検査を受けた結果、いろんな病気や後遺症が見つかった。なら、まずは数ヶ月入院と療養に専念して、それから、と。
そこまで気を遣ってくれる、アメリカ合衆国に、不満など、あるわけがありません。
でも。ただひとつ、注意することがあります。
ルーズヴェルトは、共産主義というものを、実はよくわかっていないのです。
「それは、せいぜい、経済のシステム的な区別であって、西洋人か東洋人かほどの違いも無いものじゃないかね」
「今のソ連には、共産主義による世界統一などという野心は、すでに無いよ。スターリンが私に断言した。枢軸さえ倒せば、我々はもっと、お互いの国民を豊かにするために協力し合えるだろう」
「中国政府には、これまでも多大な援助をしてきたが、君は、毛澤東たち共産党系からの要望には応じないでくれとスティルウェル中将に申し入れているそうだね。私たちにはその区別はつかない。中国人同士の問題は、君たち自身で解決してもらえないかな。仲良くやってくれたまえ」
斯様に、それぞれの思惑が噛み合ってないことを、各声明から感じ取るわけですが。
今のところ、全体像を最もよく把握しており、なおかつプレイヤーの一人として行動権を有しているのが、ソ連です。
スターリンとモロトフの息がぴったり合っているところが、これまた実に、堅い。
オッズが変わってきましたよ。
最後まで立っていられるのは、誰か?