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ゾルゲ氏の逮捕は、関係者の間で、どえらい騒ぎになっている模様です。
まず、ドイツ大使館が猛抗議。
PGsという、ナチス党員の中でも特にヒトラー総統への忠誠を認められた者しか、今はドイツ大使館へ入ることすらできないのに、その一員であるゾルゲ氏が、ソ連のスパイであるとは何事かと。
日本警察に対して即時解放と賠償を求めたそうです。
しかしすでにゾルゲ諜報団が十数名、芋蔓式に逮捕されており、その取り調べで自信を深めた特高警察および日本政府は、あなた方も騙されていたのですぞと駐日ドイツ大使へ説明。
それよりも、諜報団一味が近衛内閣の顧問や満鉄内部へも浸透していたことがわかって、更に逮捕者数十人。尋問と裏付け調査にも、相当の時間がかかる見通し。
事態が大きすぎる上、首魁のゾルゲ氏は日本語ペラペラとはいえ、彼のボキャブラリーに頼りきって尋問するのも間の抜けた話だし、今回はドイツ大使館に応援を求めるのも筋違い。
大学のドイツ語教授を通訳に就かせて、慎重に情報を聞き出しているそうです。
平井探偵はこの教授に接触し、拘置所内の情報を得ています。
ゾルゲ氏は風貌に威厳があり、堂々と礼儀正しい。
他の逮捕者の身も細かく案じるなど、特高がこれまで扱ってきた共産主義者とはまるで違っていて、一目置かれている。
拷問も行われていない。
ただ食糧事情と衛生面で満足な状態にないことがつらそうだ、とのこと。
ゾルゲ氏への差し入れは可能ですか?
ドイツ大使館の誰かを通して、私の系列会社から食糧や毛布、煙草や本などを送らせます。
どれだけピンハネされようが、かまいません。
ゾルゲ氏を生かしておく限り自分たちはこのオコボレにあずかれる。そう思わせられるだけで、彼の安全はより高まります。
状況だけ、逐一知らせてください。
その教授から聞き出せば、拘置所内の間取りや、ゾルゲ氏がどこの房に寝ているかもわかるはずですが、それを私に知らせるときっと実力で奪還に来るだろうと思われてか、平井氏は私に肝腎なことを教えません。
ちっ。君のような勘のいい探偵は嫌いだよ。
さらに計画を歪める要素も発生。
サノが、海軍に徴兵されました。
すでに日特へはいません。召集令状がきて、翌日には出頭せねばならなかったため、アパートもそのまま。
蔵書はすべて、平井氏預かりとなりました。
どこへ行かされるのやら見当もつきませんが、サノはもう、この世にいないものと考えます。
楽しかったよ、ありがとう。
来世で会おうぜ、ベイビー。
満洲各地で、関東軍からの転出も続々と。
いちいちお別れ会するし、歓楽街が客足減って悲鳴あげてるんで、わかりやすい。かれらの防諜なんて、ほんと、おままごとの一種です。
重慶戦へ補充されるか、それとも、南方か。
選べるなら南方希望する人、多いだろうな。
17号でも、熱帯地方特有の病原体や、水利事情の研究が急に盛んになりました。
ほんと、わかりやすい。
連合国もとっくに、日本がこれから始めることを承知しています。
イギリスは、最新鋭高速戦艦プリンス・オブ・ウェールズを東洋艦隊へ配置転換させ、シンガポールへ向かわせました。
マレー半島の先に浮かぶシンガポール島には、英軍の巨大な要塞が造られており、ここを拠点に、石油など資源の宝庫である蘭印の島々一帯を防衛します。
蘭印ボルネオ島と日本との間にはフィリピン諸島が横たわっており、ここにはアメリカが、最新鋭の空軍基地を建設中でした。
もう完成してるかな?
そして米太平洋艦隊最大の基地は、ハワイの真珠湾です。
今から、これらが戦場となります。
やらなくていいんだよ。歴史通り、しなくちゃいけないなんて誰も言ってないからね。
私はまだ、希望は捨ててないよ。