File_1941-10-003D_hmos.
10月18日早朝。
私がシュトラウスと別れた、数時間後。
麻布区永坂町の自宅で、リヒャルト・ゾルゲ氏、特高警察に逮捕される。
特高警察?
逮捕?
警察が憲兵を出し抜いた?
ゾルゲ諜報団のメンバー数名も同時刻に各自宅にて一斉逮捕されたらしい。
号外は出てません。警察は、周辺住宅へ箝口令を敷いて回ってるそうです。
内閣チェンジのタイミングを狙って決行された、という説を唱える者あり。
ゾルゲ氏は大物。新内閣に替わった途端にゴーサインが出るかも知れない。警察の威信をかけて憲兵より先にやれ、という縄張り争いか。
しゃらくさい。
遅かった。またしても。
どうしていつも、一歩、間に合わないんだ。
すぐに明智探偵事務所へ行き、状況確認と、対策を検討。
シュトラウスが拷問を受ける可能性があるなら今すぐ手持ちの武器で拘置所を襲撃し救出するつもりでしたが、それは問題を大きくさせすぎるからやめてくれと平井氏から説得されました。
可能な限り調べてもらったところでは、この摘発は、「逮捕」なんです。
つまり、裁判所が逮捕状を出している。
容疑は、国防保安法・軍機保護法・軍用資源秘密保護法・治安維持法などへの違反。
憲兵だったら、「検挙」です。これは疑わしきだけですぐ拘束できる。
逮捕であるということは、それだけの調査と準備が時間をかけて行われていたことを意味します。
接触の仕方によっては私も危なかったし、昨日協力してくれた皆さんにも、今からでも累が及ぶ可能性はある。
なので、不用意に動かないでくれとのお達しでした。
襲撃が成功しても、失敗しても、やらかす以上は、平井氏たちは今後もこれまでも、私との一切の関係を否定するし拒絶するぞと。
もっともです。
平井さんにすべてをお願いすることにして、私はいったん満洲へ戻ります。
なんてこった!
なんてこった!!
なんてこった!!!
戻る途中で、新内閣発足の号外に接しました。
東條英機、ついに首相へ。
前内閣を辞職させたのは、陸相の東條が、支那からの撤兵を頑として拒んだからだ、というのが近衛フミマロの言い分です。
今までさんざん陸軍を手懐けていた近衛。この一手で突如として平和主義者へと転向。
ますますもってなり手のない、しかし一刻も遊んでる暇などないはずの、日本という国の事態収拾担当責任者として、天皇に指名されたのです、東條氏。
ここまで国を傾かせた近衛のぶんまで責任を背負わされるのも不憫ですが、連合国との交渉において、彼が現役の陸軍大将であることは、手札を更に減らします。
いいんですか?
なぜこんな人事しかできない国なんだと、いまさらながら、おそろしいです。
日米開戦、してないのに。今ならまだ、引き返せるのに。
シュトラウスとサノを、内地から脱出させたあとなら、開戦したいなら勝手にしやがれって、思ってたのに。
不覚でした。ここでつまづくとは。
タイムリミットは、あと、ひと月半。
だめだ。今は考えがまとまりません。
くやしくて、くやしくて、たまらない。
私の敵は私です。一番ゆるせないのは自分です。