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日本へ着いたら、近衛内閣が総辞職したところでした。
発表によると、中国からの撤兵に東條陸相が頑強に反対し、閣内で意見統一できなかったため。
今度も、閣僚の暴走ってことにしたいみたいですね。
七・七事変から一貫して中国戦線にこだわり、それに従う者しか集めなかったのは他ならぬ近衛でしょうに。
そんなことはさておき。
日特本社で用事をすませ、サノと一緒に麻布区龍土町の明智探偵事務所を訪問します。
オーナーの平井氏とは初対面です。お噂はかねがね。
かねてより内偵を依頼していた、リヒャルト・ゾルゲ氏と会見したい。
できれば、今日中に。
可能でしょうか?
「急ですねえ。お待ちください。……ゾルゲ氏は、今朝、オートバイで横浜駅へ向かったところまで、確認がとれています。夜に自宅へ帰ってきたところを、ではいかがですか?」
長坂町のゾルゲ氏宅は、憲兵に見張られていたりはしませんか?
見ず知らずの私が訪問するのは、非常に怪しまれると思います。
できれば、帰宅前に、外で接触したいのですが。
「なるほど。では、横浜からの帰り道で捕まえましょう。青いダットサンに乗ったドイツ人は、目立ちますからね。さて、どの道を通ってくるか……」
横浜方面から戻ってくるとなると、鶴見川と多摩川を越えますから、主要な橋に歩哨を置きましょう。
サノ、無線機は何台準備できる?
平井さん、今すぐ人手を集めてもらえますか。
「面白い。戸山にいる少年たちに野外実習だと号令をかけましょう。網を張らせて、見つけ次第連絡させます」
話が早くてたすかります。サノ、社用車も使わせてくれ。
鶴見川上の観測点は、新・旧京浜国道と、鶴見川橋、森永橋。この4ヶ所でいいと思います。
多摩川を越えられると道が複雑になる。私は六郷付近で待機します。
平井氏の文芸仲間たちも協力してくれ、たちまち横浜に私設捜索網が展開されました。
夕暮れがせまってきた頃、動きあり。
横浜駅前を、青いダットサンが、走り抜けたそうです。
子安、生麦、そして第一京浜国道を通過。よし、まっすぐ東京へ向かってきてるな。
私も、借りたバイクで六郷橋へ向かいます。
きた。
シュトラウスだ。
さあ、つかまえるよ。
橋を渡ったところで、傷だらけのダットサンと併走。
ゾルゲ氏、いぶかしそうにこちらを見ます。
妙な取り合わせですよね。でも私はどう見ても、憲兵ではないでしょう?
おちついて、止まってくれと、合図をします。
バイクを道路の脇に寄せ、ロシア語訛りを交えたドイツ語で、自己紹介。
イッヒ・ヴェーアディッヒ・ツム・エァステン・タフン・マァル。
はじめまして、ゾルゲ先生。
私の名は、エヴゲーニイ・オネーギン。
あなたのお手伝いをしたくて、ハルビンから来ました。
二人きりで話せる時間をください。10分でいい。
……どうかな?
ゾルゲ氏は、表情を変えません。七秒ほど、時が止まりました。
「目的を、きかせてもらえるかな。私は監視されている。あなたにも、害が及ぶ」
混じりけのない、ドイツ語でした。私は答えます。
私は、未来を知る。戦争が起きる。あなたの知恵が欲しい。私も提供できる。力を合わせよう。
どうかな。
さらに十秒ほど、静止した夕闇の中で、ゾルゲ氏と私は、立ち尽くす。
「数寄屋橋のローマイヤは、わかるか」
わかります。ドイツ料理店。あなたはそこへよく通っている。
「30分後に会おう。同じ道は走るな」
オーケイ。
ゾルゲ氏は、商売もできそうな人です。話が早い。ヴンダーバー!
チーム平井に解散命令とお礼を告げ、通信機を渡して、私はローマイヤへ向かいます。
尾行は、されてなさそうですけどね。
目立つバイクは、むしろ隠れ蓑です。これもチームへ返して、私は円タクを拾います。
いざ、数寄屋。