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6月10日。イタリアとアルバニアが参戦。もちろん、ドイツに味方して。
6月14日。ドイツ軍がパリへ入城。22日、降伏文書に調印をさせる。
フランスが、陥ちました。
一ヶ月しか、もたなかった。
ドイツの勝ち誇りぶりが、今までにないほど、強烈です。
ダンケルクからの大規模撤退も報じられてますが、イギリスは言葉を濁してます。当然か。
ゲッベルス大臣率いるプロパガンダ省は、対仏勝利の記事をたちまち東洋にまで拡散。
日本の世論はもちろん、チャイナにおいても、これからはドイツを推すべしとするムードが支配的になりました。
そんなドイツの報道で、ということを百も承知で、電撃戦の詳細を知ります。
一般教養的には、高速機甲師団による蹂躙、という印象でした。
ゲームでは、急降下爆撃機による支援も大きかった。
実際は、もっと複雑な戦術だったようです。まず、戦車隊各機は無線で連携を取り合ってた。
歩兵、砲兵との協調も密で、互いの長所と短所を柔軟にカバーし合いながら進軍した。
マジノ線に兵力のほとんどを配備していたフランス軍が、完全に出し抜かれたことも大きな敗因ですが、それを適確に把握し、セダンやカレーなどで効果的に連合軍を包囲したドイツ軍の計画性と機動力は、おそるべき練度です。
ドイツはますます投資先を求める連中を惹きつける。マジで、ヤバすぎます。
そして日本は、ちゃっかり今度も、フランス敗北をチャンスと捉え、すかさず仏領インドシナへ圧力をかける。
この半島は特に重慶国民政府への輸送ルートにもなっていたため、幹線道路を強引に、封鎖しました。
海軍は陸軍をピストン輸送。援護、補給、後送までフォローアップ。
コンビネーション、ばっちりじゃんか。きみたち、こんなに仲よかったっけ?
蘭印も、仏印も、本国が消滅したため、現地政府が自力で日本との交渉を迫られたはずです。
今後、このような動きは、アジア諸国へ、波及していくものだろうか?
たとえばインドでは、これまで超然たる主人だと教えこまれていた英国が消滅した場合のことを考え始めるネイティブが、すでにいると思います。
緩衝国として戦略上中立を許されているシャムあらためタイ王国を除けば、アジアとオセアニアの諸国はだいたい欧米どこかの列強に主権を握られた従属地ばかり。日本もちゃっかり混じって、ニューギニアや台湾などを領有しています。
次に訪れる流れを視野に入れておきましょう。アジア諸国の独立気運。
私は、21世紀で見慣れていた、ベトナムやフィリピン、インドネシア、シンガポールなどの主権国家群を思い出しながら、現在の地図を見ているんですが、それは、明るい未来です。
世界中の国境が再編される、これからの数年で、いくつもの新国家が誕生する。
世界秩序がガタガタに壊れてきた今この時だからこそ、動き始めるものがある。
それくらいはせめて、前向きに考えたい。精神衛生上、大いに推奨したくもなります。
もちろん、最小限の破壊と殺戮で、最大の効果が達成できれば、それに越したことはありませんけど。
しかし、そんな、うまい話もないでしょうね。
独立にも、血と涙は、つきものです。