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コダマです。
三年半ぶりに日本へ行ってきました。
西から東へ回ります。まずは、兵庫県姫路市の、第10師団。
師団長・佐々木到一中将へ、ご挨拶。
師団長というのは実はお飾り役職なので、内地にいる限り、戦闘にも訓練にも、直接関与はしないものなんですね。
県知事や市長と一緒に、公式行事に正装で参列したりなどのお仕事が主体です。
それでも管内の陸軍人が現役・退役含め、何か粗相をやらかすと、責任を問われます。
この不祥事も、昨今きわめて複雑で頭の痛いことになっているという愚痴を聞いてきました。
昔……私が日特に寝泊まりするようになって、震災が起きて、宇垣大臣が軍縮やってたのは、16年ほど前です。
あの頃までさかのぼれば、日本の軍人て、今ほど威張ってなかったんですよ。
政治家や財閥のほうがずっと権威を持っていた。
それが、満洲事変から、劇的に変わった。
軍人がものすごく、威張るようになった。
マスコミが急にチヤホヤするようになって。志願者がどっと押し寄せて。
でも入ってみると、イジメだらけのつまらない世界。
溜まりまくった若者の不満は、テロの流行を生んだ。
そっちは2・26以降の粛清で表面上はおとなしくなってますけど、到一さんが内地へ戻って直面してるのは、退役軍人の、品行の悪さ。
いやもう、泣けてきます。
出征もせず出世もせず
つい最近まで粛々と軍隊で薄給に甘んじてたジジイどもが
定年退職後ヒマを持て余し
家族へのDVに、若者へのとめどない説教に
ボケたまま軍刀振り回して町をほっつき歩き
市民へ金をせびっては飲みまくる。
こんな狂態が、毎日、何件も、苦情として、到一さんのもとへ寄せられているそうです。
そんな話を聞いていたら、ますます石原へも会いたくなくなったので、予定通り京都をすっ飛ばして、東京へ。
品川へ移転した、日本特殊工業株式会社へ初参詣。
宮本社長もでっぷり太って、貫禄ついて、私にもとめどないお説教が長いこと長いこと。
ええ今後とも東京レアメタルをよろしくお願いいたしますねペコリ。
サノは、まだ牛込に住んでます。
自転車で品川まで通ってます。本が多すぎて引っ越せないのだそうです。
いいけど、いずれ全部焼けちゃうんだから。今のうちに疎開なりなんなり考えておいた方がいいよ?
考えてはいるようです。
サノも所属している探偵小説愛好倶楽部の先輩で、池袋に邸宅を構えている大人物がいて、そこの地下室に、貴重なものは預けているらしい。
日本では、中国侵略作戦がなかなか終わらないため、物資と兵員の払底が深刻になり、その解決策として、全国民へ向け「ぜいたくは敵だ」キャンペーンを展開しているのです。
経済学も知らないみたいですね。
いまだに、満洲国には地下資源が豊富にあると思ってる内地人も、多いんだろうな。
無いから今きみたちこんなに困ってるんでしょうに。
そんな三段論法も組み立てられないか。
ううむ、全国民総白痴化の根は深い。
こんな事情もあって、娯楽小説というものは最高のぜいたく品ですからして、昨今、持ってるだけでも大変肩身が狭いものなのだそうです。
大変だねえ。どうしたらいいものだろうね。
ちょっと考えておくから、時間をおくれよ。
続いて、三宅坂の参謀本部へ。
さすがにここは警戒厳重でしたが、いろんなコネを持っているので悠々とお邪魔します。
中島ケサゴ中将への面会を希望したのですが、10月3日付で予備役となり、郷里の大分へ戻られていると。ありゃ。
麹町の憲兵分隊へも行きました。
小坂さんはまだ在籍されてましたが、内偵中とかで外回りしてると。
お土産だけ置いてきました。ごきげんよう。
最後に、満洲国協和会東京事務所へ向かいます。
ハルさんが、事務局長をしてるはず。
山本春彦さん?浅原健三さん?どんな名前でやってるか分からなかったので、微妙に探りを入れる形で、アポをとろうとしたのですが。
結論から言いますと
昨年暮れ、憲兵隊に連れ去られて
その後、行方知れず。
……なんてこった。