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7月4日。今日も、砲音で、目が覚めました。
すでにお日様は輝いてらっしゃいます。
快晴か。昨日より暑くなりそうだ。
昨夜の捜索隊が戻ってきていないと聞いて、びっくり。
寝てる間に、いろんなことが起きてました。
昨日16時、全師団への転戦命令下る。
「我々は西岸における初期の目的を達せり。続いて東岸にて安岡戦車隊と連携し敵戦力の完全なる駆逐を目指さんとす」
アホぬかせ。
アホぬかせアホぬかせアホぬかせ。
この命令書は、今朝になって須見大佐の手許に届きました。
それに対し。
第一大隊がまだ戦場に残っていること、本日中の撤退は望むべくもないこと、今夜再度救出を試みるまでの戦力確保と、弾薬・糧食およびサイダーの補給を懇願する旨の伝令を、東岸フイ高地へ戻っている小松原師団長へ向け派遣。
ただいま回答待ち。
23師主力部隊1万名の歩兵も続々撤退中ですが、砲撃に遮られ、戻るに戻れず。
敵戦車も肉弾攻撃を警戒して、今日は近寄ってこなくなりました。
橋を落とされたら逃げ道なくなりますから、その手前までは押すな走るなの大乱闘。
工兵隊がなんとか踏ん張って、一列ずつゆっくり渡らせてます。
そこへ、昨日よりはるかに多数の敵爆撃機が襲ってきます。
日本の戦闘機と、東岸の砲兵たちが、とにかく橋だけはと死守してますが、そんな状況なので私も戻るに戻れません。
須見大佐は、明け方のうちに西岸へ渡らせた自動車部隊第二大隊を指揮し、なんとか今日一日、第一大隊への攻撃をこちらに反らせるための陽動作戦を敢行中。
といってもトラックの屋根に軽機を据え付けただけの、ソ連陣地から見たらウザいカトンボ以上の何物でもない微々たる標的が、ガソリン残量すら気にしながら走りまくっているだけです。
タイヤが砲弾の穴にでも嵌まった瞬間、狙い撃ちが始まります。
なかなか当たらないものですね。それが救いですけど、救われてなんかねえ。
須見大佐の焦燥ぶりを見るに見かねて、私も一緒に考えました。
日本軍と比べて、といったら相手に失礼ですが。
ソ連は徹底的に、昨日の反省を活かして今日の戦術を立てています。
日本の歩兵は肉弾戦を仕掛けてくる。ガソリン壜で戦車を倒しにくる。
だから決して、近寄らせるな。
当たらなくていいから弾幕も絶やすな。遠くから、撃ちまくれ。
やつらはやがて、去っていく。我々の仕事は、防衛だ。
師団司令部は、こんなメッセージも読み取れてないんですよね。
いや、上がバカ揃いだってのはわかってることだしいいんですが、私は、それより、最下層の兵たちがアドレナリン全開でまだまだ戦おうとしているこの異様な熱意にも、気圧されてます。
ちょっとおまえたち。冷静になれ。
なぜ死にたがる。
その働きに見合うだけの俸給をもらっているのか?
誰得なのか、算盤をはじいてみなさい。
だめだ、きいちゃいねえ。
16時頃、辻が現れました。
なんだお前ここにいたのかと、目で笑われましたけど。それはさておき須見大佐に告げる。
「西岸で粘っているのは貴様だけだ。とっとと戻れ。橋は爆破する。敵に使われるわけにはいかんのでな」
須見大佐は。
今夜日没後に捜索隊を出し、可能な限り連れて帰りたい。明朝までには橋を渡る。そのあとで爆破し、自分は東岸の戦線に加わる。
そう約束し、辻に諒解させました。
階級が何より絶対視されるといわれる軍隊において、大佐と少佐が完全に逆ではないのかと思う一幕でした。
今日ほど、辻を呪わしく思ったことはありません。
おまえ何様だ。
辻様だろうな。
司令部へどんな報告をすることやら。
そういえば司令部、爆撃で吹っ飛ばされたそうです。
ソ連、橋の攻撃が難しくてそっちへ向かったか。
制空権完全に逆転じゃんか。
小松原まだ生きてるそうです。悪運強すぎだろ。
ああ、こんな連中ばっか見てると、一刻も早く戦死したい兵の気持もわからなくもないな。
わかりたくもありませんでした。