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ああ。なぜ昨日のうちに私はここを去らなかったのだろう。
7月2日。
夜明けと共に、ハルハ河対岸より砲撃を受ける。
我々の側から敵の砲台は見えないそうです。
私も自分の目で見てきたわけではないですが、河幅80m。その先が、急勾配を登っていくような地勢であると。
幅80mですか?
50mと聞いてましたが。
連日の雨で水嵩が増し、流れも速くなっているとか。
ガッデム。
さらに敵に見つかってしもうとるじゃないですか。ガッデム小松原師団長。
帰りましょう。
さあとっとと帰りましょう。作戦は失敗です。遠足は終了です。
なお河東、我々のいる側でも、南の方から敵が迫ってきているそうです。
斥候の報告では、200から300の機影が陣を構えてこちらを睨みつけていると。
我軍、安岡戦車隊も、陣形整えて待機中とのことですけど。
戦うより、我々の逃げ道を確保してほしい。
師団司令部は、喧々囂々の会議中。
いまさら何を話し合ってるんだ。
将軍廟から徒歩行軍してきた一個連隊約8000名が4kmほど東で迷子になっているらしい。
すぐこちらへ走ってきて戦闘準備をしろと怒鳴ってる。
帰らせてやれよ!
こんな状態でお昼を過ぎ、雨も強くなってきました。
双方とも、砲撃がまばらになってきています。
ビビってとっとと帰れや、と思ってくれてるのだったらいいけど。
あちらさんだって、無用な流血は望まないと、信じたい。
いや、無理か。航空基地を破壊されて怒りまくってるだろうしな。
西からの砲撃は、司令部までは届かないのか。威嚇のために外してるのか。判断は難しいです。
今の射程がかれらの限界だと勝手な当て推量で部隊を展開させる作戦立案し始めた奴がいます。
辻です。
これだから秀才くんは。
夕方になって、作戦が決定されました。
敵は追ってこないと思います。黙って、見逃してもらいましょう。
じゃ、ないのかよお。
「この豪雨は、天啓である。
敵も、我々が撤退すると侮ってかかっているだろう。その虚を突く。
今夜、西岸ハラ台地への最短距離に渡河点を設け、夜明けまでに全部隊を対岸へ集結させる。
払暁、一気に攻撃を敢行。
自動車部隊はすみやかにハラ台地南へ回りこんで敵を背後から脅かす。前面より歩兵と戦車隊が突撃。
敵は一昨日、このフイ高地より一目散に逃げ出したごとく、一瞬で消えるであろう。
深追いはしない。
ハラ台さえ占拠すれば、次いで東岸の機甲部隊陣地を掃蕩し、主力は凱旋する。
以上!」
お気楽でバカタレな辻に、皆ニコニコと賛成。
冷静に、ツッこみます。お前いま、「~であるだろう」って何回口にした?
我々が一兵も失わず、パーフェクトにノーミスクリアすることを前提に、かつ敵さんが最大限こちらの希望通りに動いてくれることも期待する。それは最も理想的な展開だよね。ひとまず、プランAとしよう。
敵が、日本は豪雨に乗じて攻めてくるだろうと想定して布陣していたら、という仮定でプランBを考えておこうじゃない。考えてる?
後半ぜんぜん違ってくるよね。
CもDも。Zまでいっても足りないよ。
将棋ですらその程度、一手ごとにやるんだよ。どこまで先読みしてる?
もひとつ言ってたか。何だっけ?忘れた。
今夜以降の天候だって、不確定要素だよね。
ちなみに手前どもの兵は一週間以上歩き続けてて水も食糧も尽きてるんだが。そのパラメーターは入れてあるかな?
まちがってたと気付いたときに、データを修正する程度の余白は、つくってあるかな?
お利巧さんだね、辻くんは。
まったく、おりこうさんだ。
どうしてこんなバカがのさばっていられるのか、理解に苦しむのだけれども。
斯くして、地獄のピクニック深夜編が、スタートしたわけですよ。
なお私は、口を出す立場でもありませんし、今日のはとくに、作戦が決まったあとで知らされたので、意見や感想を述べる機会などありゃしませんでした。
本来、参謀作戦会議に部外者がいてはおかしいので、当然といえば当然ですが。満洲事変は例外として、南京でも、ほんとにヤバい状況の時は、私は閉め出されてたんですよ。
これは、ひとつのバロメーターかも、とも思います。
余裕がなくなって、無理をしている。それを首謀者たちが自覚している。そのときに、私は外される。
これは、白と黒を見分ける、有意のフラグかなと思うところ。
今回は、敵からの砲撃一日目にして、もうそこまでのパニックに達したということです。
も少し、サンプルを集めてみたいですけどね。
暗くなるまで、激しい稲光が轟いていたんですが、22時頃突然やんで、月が出ました。
これとては、吉兆なりや、凶なりや。