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7月1日。フイ高地に陣地構築中。
予想通り、ちょっとした小高い……段丘?
ハルハ河畔まで、最短距離で、6km。
やっと将軍廟まで辿り着いた歩兵連隊が、休む間もなくこちらへ向かっているそうです。
あと30km。おつかれさま。
そもそもは7月1日未明に渡河開始予定だったんです。
どんだけ甘い見通しでスケジュール管理やってやがんのかなって。
呆れますでしょ。顔には出しませんが。
「すべて順調です」が口癖の鈴木23師参謀は、天候不良による作戦延期という、幕僚を誰一人傷つけない口実を考案して、小松原師団長たちを安心させました。
辻はじっとしてるのが嫌いな男らしく、関東軍のプスモスを呼びつけて、前線の視察に出かけました。
そうかプスモスで帰るという手もあったな。
制空権を握れてるってことは、こんなにも安心材料なんですねえ。僕だけ今すぐ帰ろうかな。
宿営準備しながら、新たなる脅威が生まれました。
虫です。チチハルで赤痢に罹った記憶が甦ります。
ハイラルより更に奥地のこの辺りでは、虫はますます巨大化。
指より長いサイズの蚊が群がるんですよ。蝿も。
その他、見たことない羽虫が恐れを知らずたかってきます。数も半端ない。
飲料水を、淡水湖や、水たまりから採ってくるつもりでいましたが、これもまた巨大なボウフラが泳ぎまくってて、つらい。
私は改良型濾過器を自分用に持ってきてますが、23師でも7師でも、全兵に支給されてはいないようで、次回があるとしたら、必須装備に加えるべきですね。
すみやかに、納品させていただきますよ。
兵にはサイダーが2壜ずつ支給されてますが、皆、とっくに飲みきってます。
壜は捨てずに、砂とガソリンを詰めて火焔壜にするんですって。エコロジー?んなわけないか。
それにしてもサイダーだって、まだまだ欲しいですよね。
遠足終わるまでに間に合わないかもだけど、至急、追加で発注あげます。
あらかじめ現地入りして、敵情視察していた斥候隊の報告によると。
ハルハ河とホルステン河の合流点を、川又と呼びます。この川又から南の方にソ連の軍橋がいくつか架かっており、ここから敵は東岸へ戦車や装甲車を送りこみ、陣地をつくっていると。
川又より北、すなわち下流へ向かうにつれ、河幅が広くなり、流れも急になるため、我々のいるフイ高地付近になると、橋はありません。
我軍工兵隊が橋を架け、西岸へ渡り、敵陣地を占領して旗を立てて帰る。
その地点と決行日は、辻が帰ってきてから、おそらく進言するまま承認され、実行に移されるでしょう。
明日は晴れるやらどうやら。
しかし食糧も水も大して持ってきてないわけですから、早ければ今夜からでも雨天決行となりますかしら。
私としては、ホルステン河の北岸にすでに配置されている敵戦車陣が気がかりです。
直線距離で河からフイ高地まで30km。
10km手前から砲撃を開始するとして、半時間もかからずに来ちゃいますよ。備えはできてますか?
ハロン・アルシャンから走破してきた安岡戦車隊70輛がフイ高地南東8kmに陣取っており、敵戦車はかれらが蹴散らす、と参謀どもは至って呑気なのですが。
私、念のため、斥候隊の軍曹にこっそり聞きました。
敵戦車の砲身、どのくらいの長さだった?って。
もちろん斥候隊は、至近距離まで行って見てはいませんから、きわめてざっくりですけど。
横を向いた状態で、砲塔または車体に対してどのくらいの長さか。これだけでも判断材料にはなります。
うちの八九式や九七式のよりも長ければ、射程距離および初速と貫通力がより稼げるということになります。
実は、考えるまでもないことではあるんです。
日本の戦車は、中国人を驚かせるくらいの目的しか持っていない。
騎兵と戦うにはそれでも充分なんです。歩兵に直協するためスピードも出さなくていい。
内地で設計されてますから、鉄道の軌間と一緒で、発想が最初からミニチュアなんです。
かわいくて小回りがきけば、いいんです。
ソ連で求められる戦車のスペックは、ケタが何倍も違います。
世界地図見ただけでわかること。だだっ広い国境を守るだけでも高速性と、走破力と、おびただしい数量も要求される。
航続距離に比して燃料タンクも大きくなくてはならない。仮想敵国をドイツとすれば対戦車戦が前提です。火力もだし、装甲厚も、一騎当千の能力がなければ国なんて守れない。
対するミニカー70輛か。一時間もかかるまいな。
本気で、帰らなくちゃって気になってきました。一刻も早く。