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6月30日。雨、ときどき曇り。
ハルハ河東岸、フイ高地が我々の集結予定地なのですが、その付近で外蒙古軍との小戦闘があったそうで。
現在、5kmほど後方で待機中。
道らしき道があるとはいえ、一度ぬかるみにはまると大渋滞。
辻くらいですか。幕僚参謀連で、出てきて確認するのは。
あとは車に乗ったまま。歩兵のことなど意に介さず、接待出張気分でいる高級将校ばかりなり。
私がいる前で作戦の話なんてできないだろうって?
してますよ、遠慮なく。
しかし、なっちゃいない。口出ししたくてたまりません。
辻はします。すぐ仕切ります。場の空気を支配します。
その声にうなずく幕僚はますます思考しなくなります。
暗算が必要なときは私に聞くので答えてやります。辻は説明を終えると師団長や上級参謀に承認だけ求めます。
フムヨカロウと返ってきます。
この繰り返しです。
バカがますますバカになり、責任者が無責任者に為り果てるスパイラルあざなえる縄の如し。
耐えられないので、歩26のトラックのひとつへ、移らせてもらいました。
23師は九州勢が大半ですが、歩26は7師の部隊なので北海道、旭川が原隊です。
もとは漁師だった人が多いみたい。外地へ来てから海魚が恋しくてたまらないそうです。
そんな話をとりとめもなく、語らいました。
ここまでの、地勢情報。
荒野です。本日はモヤがかかってますが、四方八方、地平線。
草地はそこそこありますが、せいぜい50cm程度の高さしかなく、ギリギリ身を隠せるくらいですね。
しかし我々は緑地に紛れ込む迷彩服は持っていない。
敵が砲で襲撃してくる場合は、草地を狙え!という判断になりましょう。
航空隊が4日前、外蒙領内のソ連空軍基地を奇襲したそうです。
大戦果だったとか。
夜明けとともに100機近くで空爆開始。敵機のほとんどを地上で粉砕し、上がってきた戦闘機も、上空で待ち構えていた九七式が一機ずつ狙い撃ち。
だから敵航空機の心配はするに及ばぬとのお達しです。
制空権をとったのか。
今からの地上戦闘を考える上ではありがたい条件ですけど。
それだけの情報ではまだまだ不安だらけですよ。
カンジャル廟空爆への報復としては、あまりにやりすぎ。
ソ連からしても、日本側が何かしたからこそのカンジャル攻撃だと思うのですが、あいかわらず日本陸軍は、満洲国内でも中国本土でも、現地外交部と一切連絡をとらず行動してるらしい。
相手国領内の空軍基地を宣戦布告あるいは準ずる口実もなく攻撃し徹底的に破壊するという行為は、国際法上完全にアウトです。
テロですよ?わかってないだろ。
心配するなどころじゃない。即ソ連と全面戦争開始するだけの覚悟と準備と計画をもって、それをしたのですか?
してないだろ。
辻が言い出して、ヨッシャヨッシャと司令官が承認。そんなとこでしょ。
東京の参謀本部にも、報告すらしてないかもしれない。
私が内地の責任者であれば、即刻「関東軍司令部を爆撃」してからソ連へ詫びをいれますね。
謝罪をします。
今回の事件に関わったすべての将官を逮捕し、ソ連と協働で裁判にかけます。
国際法廷です。
そこまでしないと、納得してもらえないでしょう。
しかし純国内問題である2・26の後始末さえ臭い物に蓋で終わらせた日本に、はたしてどこまでできるかな。
できなかろうな。
みんなグルだろとなっちゃいますし、かばい合ってるからには自分だけは知らなかったなんて通用しない。
グルでしょう。グルなんだよ。まとめて地獄へ堕ちな。
閻魔大王も、いい加減にしろやって、思うだろうけど。
地勢情報に戻ります。
私はひとつ、大きな、大きな勘違いをしていたことに気付いています。
いま我々が集結地として目指してる、フイ高地。
全員が高地と呼んでます。
標高721m。下二桁を和読みして、フイ。
名前からして、盛り上がった台地だと、わかりやすい地形だと、思いこんでしまうとアウトです。
ここまでの道中、758高地や769高地を通過しましたが、控えめにいって、ちょっと盛り上がったお皿がのっかっているだけでした。
測量して、地図をつくる上ではそれでも数少ない目印となるものでしょうが、径20kmの広大な荒れ地の只中で目標にできるかといったら無理無理。
一度はぐれたら、二度と帰る方向さえ分からないかもしれない。
方位磁石は支給されてますが、それを無くし、今日のように太陽も見えなければ、大海原に浮かぶ迷子同然。
狼の群れと出くわす前に、人里へ戻れたらいいね。何百キロか彼方にあるはず。
そんなサバイバル遠足ですよ。
往復分の燃料と水、食糧だけでは片道切符どころじゃない。
余裕が、どれほど必要か。
ギリギリになってからでは、帰るにも帰れません。
なぜそんな計算すら、しようとも思わないのかな。
ふしぎだなあ。