File_1939-01-001D_hmos.
リュシコフ将軍。
ええほら、昨夏、ソ連から亡命してきた。
東京で、参謀本部ロシア班がいろいろ情報を引き出そうと、聴取を繰り返してたようなんですが。
その真偽を確かめるための手段が無いことに、はたと困り果てる。
だって、ソ連大使館の協力を仰ぐわけにはいきませんものね。
そこで、ドイツ大使館に相談したところ
「ソ連情報部員の尋問であれば是非私たちも協力したい」と快諾された由。
かれらはすぐさま本国へ連絡し、ドイツ情報部の腕利きを来日させる手筈をとる。
この時点で、実力差を思い知らされますね。
その腕利きさんが、10月頃に到着し、一ヶ月くらいかけて、数百ページに及ぶ大レポートをまとめ上げたそうです。
今度はこのドイツ語を翻訳し検証できる人材がいない。
この時点でも、以下同文。
で、ドイツ大使館の人にこっそり頼んで、そのレポートを要約してもらい、日本語の解説まで作ってもらったそうです。
年明けて、これをそのまんま、公式報告書として、関係各所へ配る。
そののち「リュシコフ将軍の身柄は関東軍に預けるから対ソ防衛の軍事顧問として、うまくやってくれ」と
丸投げ。
関東軍にロシア語できる人、どのくらいいるんですか?
聞くだけ野暮ですよね。
リュシコフさんに日本語覚えてもらう方が早いですよね。
それが日本のインテリジェンス。
以上の話は、辻から聞きました。
でも辻によると、リュシコフは本人が言うほど大した人物ではないので、ソ連の機密も実はさほど知ってないそうです。
極東方面軍だけで航空機2000、戦車1000はさすがに盛りすぎだ。実際はその1/3くらいだろうと、ドイツ人も言っている。
ですって。
そのドイツ語の報告書、手に入りませんかね?
「なに、ドイツ語読めるの?お前」
できれば最初の分厚い方を見てみたいです。それだけの文量あれば、リュシコフがどれほどの人物かの判断もつきましょう。
デタラメ言ってたら矛盾しまくってるはずです。
要約では意味ないんです。もちろん隅から隅まで読むつもりはないですけど、気付いたことがあればお教えできます。
リュシコフを使いこなす上で、辻さんにも得になることでしょ?
「すごい奴だなお前。よし、中央へかけあってみる。届き次第、知らせる」
ありがとうございます。
みたいなやりとり後、早速届きました。
参本でも持て余してたらしい。複写する手間もかけたくないからと、タイプ打ちの原本のまま送られてきました。
一次史料だぞ。中央に置いとかないのかよ。
さすがに持ち出せないので、辻の権限で関東軍司令部へお邪魔して、手持ちのドイツ語辞書と首っ引きで、二日かけて読破しました。
関東軍へは、当たり障りのないレポートを提出しておきました。
たいへん喜ばれ、辻の株も上がったことでしょう。
私にも、大きな収穫がありました。
来日したドイツ情報部員は、グレイリング氏という武官ですが、リュシコフの生まれ育ちから、ロシア・ソ連時代通しての遍歴、スターリンとの確執など、詳細に聞き出してます。
肝腎なことは二度三度と繰り返してますが、矛盾は見られません。ソ連兵力に関する情報も、正確と思われます。
これを要約・日本語訳したのは、ドイツ大使館付文書課嘱託で著作家兼新聞記者の、リチャード・ソルジュ氏。
なぜか、真逆の結論になってます。
リュシコフ氏の発言は大袈裟すぎる、ソ連はそこまで強大な国力は持ち得ないと、日本を安心させる内容になってます。
しかし文書内での矛盾は無く、グレイリング氏の文章と比較すると、シュトラウスの2・26レポートを読んだときの雰囲気に近いものを感じます。
イニシャルは、R.S。
ビンゴ、かな?