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そうはいいましてもですな。
あ、日本特殊工業株式会社の宮本光一と申します。社長です。
宇垣大臣、留任おめでとうございます。
加藤首相は清浦さんとはまったく方向が正反対であると聞き及びます。
それにもかかわらず留任を乞われたということは、これはもう、宇垣大臣あっての陸軍、宇垣大臣あっての国体であると。
すべての諸氏がお認めである。
閣下こそ大日本陸軍を背負い立つ、唯一にして無二の逸材であられると。
そう思ってよいのではないか。
それが証明されたと、いうことでは、ないでしょうか。
それとしましてもですな。
戦車です。暗礁に乗り上げております。
現在、国産戦車計画の一環として、履帯にて走行する、牽引自動車の開発を並行してやっております。これは四年前から大阪工廠にて取り組まれておる研究開発なのですが、こちらは特別秘匿でもありませんので、あちこちで試験走行などもしております。
我々も途中からこれに参加するようになりまして。
足回り関係、ギアですな。とか、冷却装置。測距連動など。細かいことからいろんな改良をお手伝いさせていただいておる次第なのですが。
やはり同じようなことを、アメリカもやっておりまして。
ホルト社、というところが。我々のは3トンなんですけど、5トンまで牽引できる自動車を売り込んできております。
これが耐久性も運動性もきわめてしっかりしておりまして。
多少操作は複雑で私らの方が手際よくまとめておるとは言えるんですが、それにしても我々のは不意の故障も多くて。
このホルト牽引車が昨年すでに陸軍で制式採用されておったと言われて愕然といたしました。
これは今年入閣された宇垣大臣もあずかり知らぬことで。
我々は、これと戦わねばならぬわけです。目標が目の前に、すでにある。感謝すべきことと考えます。しかしですなあ。
せつないですわ。
まして、これから戦車をつくるわけですが。
耐久性と、信頼性。
これは戦場ではより重要になってきます。その点で後れをとっておる。
いざ、アメリカ戦車と戦うときのことを考えたら、これはまさしく恐怖なのであります。
ホルトが採用され、輸入されておるとはいっても、国産牽引車の開発は継続中でして。
日夜努力しておりますが、こうしている間にも西洋での研究は更にさらに、先へ進んでおる。
宇垣大臣は、支那大陸に日本が防御陣地をつくるのだとおっしゃいました。
それに対して、欧米列強が、我々の何倍もの戦車、戦艦、航空機を差し向けてきたらどうなるでしょう。
どうなるでしょうというか、そうなります。
我々は物量で叩きのめされます。
私どもは、開発です。
完成して、採用されたとします。
いいものが設計できたとして、それをどれだけ製造できるか。
本土を守る分だけでも、国内で造るのは容易ではありますまい。
工場も、支那につくる必要があります。
それも、すでに欧米諸国が遙かに大規模にやっておることなのです。
みたいなことを、考え始めたら、つい途方に暮れてしまいます。
なんて、陸軍の方々にも、社員のみんなにも、言えませんけどね。顔にも出せませんけどね。
いえ私なんかより、宇垣大臣などはもっとはるかに、厳しい現実をわかって苦渋に耐えつつ、我々の前ではあんな笑顔で、せいいっぱい励ましてくれておるのだと考えたら、こんな弱音を吐いておる場合ではございませんな。
でも時々、コダマ君には愚痴を聞いてもらっておったりします。すみません。堪忍な。
コダマ君は、いつでも冷静で、じっと聞いてくれる。私も、つい、ポロポロと、本音が出てしまったり、するんですよ。それでいて、時折、
「目標にすべきものが、すぐ目の前にあるという状況は、好都合ですよね」
なんて鋭いことを言ってくれるのですね。すみませんさっきこれ、言いましたよね。コダマ君の受け売りでした。いやほんと、お恥ずかしい。
皆に支えられて会社をやっております。つたない社長ですが、まだまだ、がんばります。