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石原参謀が、満洲へ視察旅行中です。
石原にとっては、三年ぶりのはずですね。
大連、奉天、新京、ハルビン、吉林などまで、懐かしい土地を矢継ぎ早に見て回ってるらしいですよ。
警戒厳重。会おうと思えば会えなくもないんですが、私の方から会いたくないので、連絡もしてませんし、会ってもいません。
それでなくても一年で一番忙しいこの11月にやって来る神経が理解できん。
関東軍だって暇じゃないだろうに。まして商売人は余計に。
ハルさんにはちょっとだけ会いました。わざわざハルビンの事務所まで来てくれたので。
ほんとマメな人ですよ。ほんの10分そこらしか話せませんでしたけどね。
気になってたことを数点、確認しておきました。
ハルさんは、日本語しかわからない。
とはいっても、日本語でなら500頁の本を1ヶ月で書き上げたこともあるそうですし、教養も論理性もハッタリも、極めて高いレベルです。
しかし満洲人の心の声を直接聞く能力は持っていない。
もっと時間があれば、私たちが協力しあえれば、道は拓ける気もしますけれどね。
そんな期待は、持ちたいぞよ。
もう一つ。
私は「協和会の根本精神」を読んでブチ切れたんですが、あれは100%石原の考え通りではないそうです。
というより石原自身はアレを読んで、違う違うと、作成した関東軍にダメ出ししてるそうです。
私と同じところで怒ったのかどうかは不明ですが、ひとまず、それならば、矛を納めましょう。
忙しいのには理由があります。私は満洲大豆関連には手を出しておらず、相場もやっていないのですけどね。
東郷防疫部が、新施設を建設中なんです。
そこへ通ってます。
細々した注文が夜討ち朝駆けで入るので、ハルビンの事務所に寝起きして、対応してます。
そこは、とにかく広い敷地で、主要な建物のほか、郵便局や飛行場までつくる予定らしい。
周囲をぐるりと柵で囲い、作業員はすべて住み込み。
最寄り駅のすぐ前に、憲兵分隊の建物があり、そこへ届け出をして、目隠しをされて施設まで送ってもらう。帰る時も同様。
背陰河や南崗よりずっと厳しいセキュリティです。このあたりも東郷が直接、指揮していると思われます。
相当にヤバいので、店の者に任せられません。
私一人で全部やってます。
だから忙しいんです。
もっとも回を重ねるごとに顔パスになっていくもので、最近は憲兵分隊から、一人で行ってくれみたいな状態にもよくなりますけどね。いいのかよ。
他へ回しづらい仕事に即応できる便利屋は、東郷たちにとっても貴重なはずです。その存在価値をギリギリまで利用しつつ、余計なことは見ない聞かない。もちろん喋らない。
こんな際どい綱渡りを、ゲームのつもりでやっています。
それでもヴェスパ君のように、背中へ手が回りそうになったら、なんとかして、逃げ切りたいと思ってます。
良い子は、マネしないでね。
聞いてないか。おやすみ。