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宮本光一です。
日本特殊工業株式会社は、今のところ、持ちこたえております。
戒厳令が、解除されました。ずっとピリピリしていた町の空気が、ちょっと、やわらぎましたかね。
まだまだですが、なんとか生きております。みんなに、支えてもらっとります。
さっき、食堂で、コダマ君と話してました。
新聞嫌いだったコダマ君ですが、最近は他に読むものがないせいか、割と読んでる風ですね。
とはいえ、連日の大杉栄報道には辟易していると言うてました。
震災のあと、憲兵さんや警察が毎日毎日、社会不安につけこむ不逞の輩はいませんかと巡回されてましたが、その憲兵さんが、大杉栄と愛人、それから6歳になる男の子を連行して、憲兵隊本部で殺してしまったという事件です。
二年前から、軍事法廷は公開が原則になりましたので、連日これを新聞がこぞって報道しておるのですな。
どうやら憲兵隊の甘粕大尉が主犯という線で進んでおるのですが、証言は矛盾しまくってますし、もっと上の人たちをかばっているのじゃないか、甘粕大尉は真っ白じゃないのかとか、いろいろ憶測が憶測を呼んで、社内でも、ひところよりはだいぶ落ち着きましたけど、その話題は尽きません。
「私もこの食堂で、そんな話ばかり聞いてますけど、興味はありません」
だろうねえ。でも、イデオロギーにも多少は詳しいんじゃなかったっけ?
「大杉栄の本は読んだことないですが、噂で聞く限りではずいぶんシモのゆるい人のようで。醜聞を売って食いつないでる印象しかありません」
はあ。身も蓋もないねえ。
孫文はどうだい?
「あの人も女関係はだらしないところありますけど、それを自分から言いふらしてるわけではないので、まだマシですね」
厳しいなあ。あれ、君自身は、女の子とか、どう思ってるの?
「私にも、いずれ、そんな時期もくるでしょう。でも、人が、怖いんです。ここのおばさん達とは、仲良くやってますけど」
冷静だねえ。まあ、いいか。そのうち、いい人を紹介するよ。
君は女の子から見たら、文士的で落ち着いた、いい旦那さんになると思うよ。
やはり、コダマ君は、軍人さんには向いてないよねえ。うむ。