File_1936-02-005D_hmos.
2596年2月25日。火曜日。
17時前に、高橋是清翁、御帰宅されてました。
夕食始まった頃、来訪者あり。ご婦人。
邸内より、大きな笑い声。
15分ほどで、帰って行かれました。
十日ほど前にご結婚された、娘の美代子さんかな?と思ったんですが、考えたら娘さんにしては若すぎるし、そもそも82歳の是清さんの娘さんが最近結婚て?と今頃気付いたんですけど、でも門衛さんは娘さんだって言ってたよなあと軽くモヤりつつ、邸内の灯りが消えるまで、縁側下で待機。
抜け出し、外苑東通りへ。
歩兵第一連隊と第三連隊、そして第一師団司令部の三ヶ所がまとめて見渡せるポイントといえば、キューバ公使館の屋上。ここへ上がって、監視します。
2596年2月26日。水曜日。
0000。歩一と歩三で動きあり。
0030。歩一より、8名、自動車で出動。西方面へ。
0300。歩三、舎前に約200名ほどが整列。
MGいますね。機関銃隊。昔、私たちが作った、十一式軽機関銃ではないですかね。ニンマリしちゃいます。今日は、こっちからお見舞いしてやりますけど。銃には、当てたくないなあ。
先回りします。キューバ公使館より、高橋邸前まで移動。
母屋の屋根へ静かに上って、門へ向け銃を構えます。
計画はこうです。
賊が門を乗り越えるか、こじあけて入ってきたところで、機関銃で掃射。目安は、2秒から3秒。
大きな音がします。門の脇に警備巡査の詰所があり、今夜は三人います。邸内でも、みんな、起きるでしょう。
次いで、照明弾を打ち上げ。私は身を隠します。
表町署が近いし、周辺には各国の公使館がひしめいてます。すぐ人が集まります。賊が逃げ出してくれれば追いませんが、なおも計画を遂行しようとするなら、続けて撃ちます。邸内へは、入れさせません。
あわよくば、2・26事件そのものを、中途半端な形で頓挫させられます。
既に出発した部隊と、目下準備中の本隊を軍が取り押さえ、内規粛清できればそれでよし。
またぞろ相澤裁判みたいな処分をするつもりなら、そのときは、また考えます。
はやる気持ちを抑えつつ、賊の来るのを待って……いたんですが……かれら、脇目もふらずに、目の前の市電通りを、通り過ぎていく。
ん?
雪を踏む行進の足音が完全に聞こえなくなってから、道路へ出ます。誰もいません。
ムウ。ホッとするような、癪に障るような。
キューバ公使館へ戻ります。
0400。歩三から、第三陣。これも、200名ほど。
営門へ向かい始めるところまで見届けてから、さっきと同様、高橋邸へ先回り。
なかなか来ないので、交差点まで見に行きましたが、どうやら今度の隊は、東通りをまっすぐ北上していったようです。
また公使館へ戻りますと、うわあ、めっちゃ整列してる。
歩一・歩三合わせて1000名近く。さすがに、これは、警視庁か陸軍省を襲う部隊でしょう。
重機関銃隊までいます。砲身・三脚・弾倉を四人一組で持ち運ぶんですよ。
息を呑み、双眼鏡で、指揮官の顔をチェック。私服にマークされてた顔が、数名いますね。
そういえば私服警官はなんで今夜ひとりもいないんだ。夜中まで見張ってること、たまにあるんですけどね。この肝心な時に。地団駄。
大部隊は、四列縦隊を組んで、出発。
南へ向かい、大通り手前の路地を、左折して行きました。
ハハアン。
六本木警察署から見通せる道を避けたんですね。さすがにこの集団じゃあ、すぐ警戒されますよね。
0435。最後尾が出て行ってから、静寂が訪れました。
……あれ?今のでおしまい?
合計で、1500人程度。帝都制圧するにしては、あまりにも少なすぎやしないかい?
最後の五個中隊が警視庁襲撃班だとすると、0500が各部隊の一斉突撃予定時刻でしょうかね。
いま、0515。
空が白みはじめてきました。規則正しい是清さんは、そろそろ朝風呂にお入りになっておられる時刻ですな。
……この三ヶ所以外に、陸軍の基地って、あったっけ?
ハッ。
全速力で、高橋邸へ駆け出しました。
遅かった。