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ようこそ。どうぞどうぞ。
「あれ、お客さんいます?」
玄関の靴に気付く山口大尉。
奥の間で、コダマさんが、読書中。簡単に紹介をします。
こちら、山口一太郎大尉。光学系・音響系・弾道系の機械いじり専門家です。
「よろしく」
こちらは、コダマさん。年は若いですが私の大師匠で、日特へ入るきっかけを与えてくれました。今は満洲で、会社を経営されてます。
「山口大尉殿。お初にお目にかかれまして光栄です」
「ム、その敬礼はドイツ式ですね。所作が美しい。私の方こそ、光栄です。お見知りおきを」
ひとまず、コダマさんは読書に戻ります。私は、山口さんと、盃を傾けながら、最近納品した軽機関銃の感想など、他愛のない世間話を始めます。
ふと、コダマさんが、反応を示します。
「失礼いたします。今、話されていた、その録音機。一台いかほどで、販売されておりますか?」
私が山口大尉に向きなおすと、コダマさんも山口大尉に視線を向けます。山口氏、少し考えてから
「私の管轄は製作までなので、価格は、わかりませんが、一台、数百円はするでしょうねえ。入札で、勝ち抜いて、納品した実績はあります。一般向けではありませんが」
「かなりの大きさと思いますが、納品するとしたらクレーンも必要でしょうか?」
「いえそこまでは。録再生機構部だけだとこのくらい。録音盤は、このくらいです」
「作動中、金属板を削る音も出ますよね。何デシベルくらい?ほう。では、秘匿作業には向きませんね」
「お詳しいようなので、正直に申しますが、盗聴などという卑劣な行為は、本来、軍人の扱うべき任務ではありません。しかし、ソ連大使館からどのような情報が本国へ送られているか、というような問題となると、黙って見過ごせぬ現実もあるわけです。国体を守るためには、我々は遅れをとってはならない。そのための一要素だとお心置き願いたい」
「承知しております。ことにソ連などは、とっくに日本に対しても盗聴網を張り巡らせておりましょう。満洲や華北では、内地よりも脅威が大きいのです。もし私どもで仲介ができるならば、販路はあります。そのつもりで、お尋ねしておりました」
面白いですね。日特の営業部では、商談は焦らず、雑談を交えながら何日もかけて、とよく言われますが、コダマさんは無駄なく単刀直入に斬り込んでいく。しかも相手の話を絶妙にすくい上げて心をつかんでいく。ほんとに、話が早い。さすが私の師匠です。
「山口大尉殿は、第一連隊所属なのですね?意外です。技術本部か、本廠付にされないのは、何故でしょう?」
「いたこともありますが、そこだと一日中、寝ても醒めても機械と戯れてばかりなので、煮詰まるのです。やはり適度に体を動かした方がいい。と言うと語弊がありますが。私にとっては、連隊は非常に居心地がいいですよ」
「わかります。私もこの、サノ氏の部屋へ来ると、落ち着くんですよね。そういう息抜きは、実にいいのです。触媒というか、頭の回転を高める潤滑油の働きをします。よくわかります」
山口大尉の顔がほころんでます。コダマさん、すっかり気に入っていただけてるようですよ。
話がいつの間にか、相澤裁判になっていました。
私は興味がないので、静かに聞き流してました。
山口大尉が帰られたあと、コダマさんは複雑な表情で考えこんでおられました。
「山口大尉は、革新派かあ。相澤に肩入れしてるし、過激派将校ともそれなりに付き合いが深い。でもそのおかげで皇道派のアジトがいくつか察しがついた。そこに盗聴器を仕掛けたかったけど、100キロ近くあるんじゃ無理だな。さて、どうしたものか」
いつの間にそこまで探り出してたんですかコダマさん。会話が速すぎて私は全然ついていけてませんでしたよ。
「え、オタ同士のミーティングってそうじゃん。そうか、オタが三人以上集まる状況ってのは、初体験か。いいんだよ、興味ない分野には入ってこなくて。それが正解」
コダマさんは、守備範囲が広すぎます。私は、まだまだ遠く、及びません。
「サノ君、至急、これだけ揃えてもらえるかな。2月25日までに、納期厳守で。使用状況のレポート、がっつり取ってくるから」
コダマさん?
あなたは一体、何をしでかそうとしてらっしゃいますか???