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溥儀陛下、ご帰国あそばされました。
舞い上がっちゃってますねえ。
誰しもが、口には出さずとも、わかってます。
世間知らずの、お坊ちゃまなんだ。
まだ29歳だっけ。激動の中国史に翻弄され続けた、不遇な生涯の只中を生きておられてますが、それにしても世間的感覚どころか、使命感と情熱だけはお持ちでも、伴うものが足りなさすぎる。どこかの国の皇道派青年たちも一緒ですけど。
だから、コロッと、乗せられて。
舞い上がっちゃう。
やるせないですね。
さて、関東軍および支那駐屯軍。担当地区が違うだけでチームワークもばっちりな、ひとつながりの極悪党集団。ひっくるめて日本軍でいいでしょう。
かれらは、溥儀陛下の悲願であらせられる北平の紫禁城まで手に入れ、ゆくゆくは中国全土を平定し日本の忠実な傀儡であるところの溥儀陛下に治めてもらって、東洋アジアの絶対的覇者とならん、というわかりやすい野望に、ますます酔いしれます。
華北の地図を見ながら戦略予想。
北平は、河北省の省都です。長城まで満洲国領ですから、ここを陥とすのは時間の問題。
この河北省を囲む形で、山東省・山西省・チャハル省。
山西省には今も、名将・閻錫山が控えてます。北平の危機には即座に駆けつけるでしょう。
日本側は、20倍以上の兵力差で戦っても中国軍なぞ蹴散らせるという慢心があります。
たしかに、できるんでしょうが。でもだだっ広い中国でむやみに戦線を広げてから補給路を断たれてしまえば、降参するしかないですし。
それ以前に、大義名分が必要だ。
廣田外交のひとつの成果として、現在、国民政府としては排日禁止という建前ができています。法制化の動きも進んでいます。
反日運動自体は止みようもありませんし、誰もが口には出さずとも、中国人ならみんな日本人が大嫌いです。
しかし国としては、排日行為を禁じている。
日本軍も、弾圧が手ぬるいと文句をつけることはできても、反日を根拠に膺懲するぞと地方政府に即殴りかかることは、しづらくなった。
次はどんな手を仕掛けてくるものだろう?
しれっと4月から奉天副市長になってるケンカウズラ山口氏なら、各地特務の動きをかなり把握してると思いますけど、もう彼とは会いたくないんですよね。
着任早々、商埠地の外国人に立ち退きを要求してるって噂も聞いてます。
ほんとブラックな野郎になっちまったなあ。
遠藤君がまだ関東軍にいれば、特務の動きも、なにかしら聞けたんだけどなあ。
廣田外相は、そんな現地軍の動きを踏まえて、どう動くつもりだろうか。
おそらく内地・外地の陸軍含めて一番全体像が見えているのは廣田氏でしょう。時間がかかることを承知の上で、国民政府と協調して、悪性腫瘍を取り除いていく構えのはずです。期待しましょう。
お次は、石原通信。
昨年8月、第二師団長がナルヒコ王から秦中将へと交代しました。
秦シンジ。前任地は東京憲兵隊司令官。
憲兵とは軍隊内警察です。もともと独立志向が強く、組織としても少数精鋭。
ここに皇道派の大物が二年半、足場を作った。推して知るべし。閣下によると、東京管区の陸軍人はすべて憲兵隊によって皇道派か否かで色分けされているらしい。
林陸相はそれにメスを入れて、司令官と幹部を、いわゆる統制派に置きかえた。
本来の、思想じゃなくて法規に準じた機関に戻れと。
至極、もっともです。
さて仙台へ赴任した秦師団長。
ここでも皇道の大義を説き始めますが、石原が事あるごとに邪魔をします。
石原イズムも一年かけて根付いてますからね。秦も、なかなか強気で押せないみたい。
頭を下げて、石原へ、軍内の思想を統一し挙国一致の体制をつくるにはどうすればよいかと相談するに至る。
石原、答えて曰く
「そんなことで争うこと自体が軍の破滅です。派閥を根拠にしていたら統制は乱れること必至。疑心暗鬼で仕事も手につかない。全陸軍将校が虚心一体となるべきことをお考えなさい」
あっぱれであります。