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11月1日。あじあ、運行開始。
満鉄が社運を賭けて開発した、弾丸超特急。
鉄人28号みたいな黒い巨大なカタマリが、ばびゅーんと新京~大連を8時間半で結びます。
一等車だと片道37円、三等車でも13円という破格の乗車賃なので庶民には高嶺の花ですが、初日に乗って、二日間かけて往復してきたよって鉄オタが、目の前にいます。
関東軍防疫特務のナンバー2、小林ヨシオ。
ボスの東郷が内地へ戻ったのをいいことに、背陰河でも南崗区でもやりたい放題楽しんでる、やんちゃなクソ野郎です。親愛なる称号ですよ。
「北満の広軌車輌にくらべたら揺れるし狭いし速度だって大したことないんだけど、標準軌としてはよくやったよ。さすが動輪2000ミリ。大石橋の先に9パーミルの勾配あるでしょ、あそこも楽々。便所は洋式だった。あーでも僕ははとの方が好きだな、とりあえず乗ったからもういいや」
オタが夢中になって語りたがってるときは、ニコニコとただ聞き流してあげてればいいんです。それだけでオタは幸せなんです。そっとしておいてあげましょう。
ドーパミンがいい感じに彼をとろけさせてきたら、こちらの聞きたい方向へと、流れを誘導していきます。
来年あたり、いよいよ、ようやく、北満鉄路が日本へ売却され、満鉄に統合される運びになってきたけど、それについて何かヒトコト。
「ソ連さあ、売却するって決めてからは北満の整備まったくしなくなっちゃったから、今、まともに運行してないんだよね。駅もいくつかは建て直さなくちゃいけないだろうし。まあ楽しみ楽しみ」
ソ連の脅威って、当面はなくなるのかしら?
「そんなことはないんじゃない?ソ連はやるときはドカーンてやるし、やらないときはまったくやらない国だから。満洲と戦うとしたら、こちらの10倍以上の戦力を準備して一気に攻めてくると思う。そんな連中といざ戦うときは、毒ガスが必要だね。南風が吹いてきたら、お見舞いする」
楽しそうに語るよなあ。
ソ連といえば共産党。なんか、瑞金の中国共産党が壊滅したっぽいよ。毛澤東も、逃げ出したって。
「毛澤東は不死身でしょ。たぶん、鋼鉄製なんだ。もう七回くらい生き返ってるでしょ。馬占山はまだ一度しか甦ってなかったよね」
クローンという発想は、まだ、無いようね。
私はきっと三人目、私が死んでも代わりはいるものってお約束の台詞を言いたいところだけどこらえる。
江西省の共産党一大拠点が、今月、何度目かの掃共戦の果てに、とうとう陥落。
いつもの陽気な戦勝報告とは雰囲気違う報道で、かつ、上海コミンテルンが中国共産党消滅を半ば認めてるので、ガチ情報かなと。今、ハラハラしているところです。
毛澤東がここでやられる?中国は赤化しない?蒋介石の国民政府がこれからも中国本土の主であり続ける?
となると、私の知っている20世紀とは、世界地図が相当変わってきます。地政学を組み立て直さねばなりません。
うーむむむ。
新生活運動って、あれは小林氏から見るとどうなの?
「ああ、いいんじゃない?僕は好ましく思ってるよ。むしろ日本人の連中にやらせたい。関東軍の連中はほんと道徳がなさすぎるからね」
オマエモナー。でも、わかる。それは私も同感。
新生活運動。今年の春頃から、国民政府が中国人向けに展開してる、道徳向上キャンペーンです。
手を洗い、痰を吐かず、早寝早起き、人には礼儀をもって。日本人に対してさえ。
反発する人も、冷やかす人も大勢いますが。
連盟も列強も頼りにならない。日本がどんどん調子に乗ってつけあがって、華北にまで侵略の手を進めている。
この最大級の国難のさなかにあって。4億玉砕を叫ぶではなく。
我々は清く正しく美しく生きていくべきであり、できるならばその姿を、野蛮きわまりない日本人へも示して見せて、侵略するにしても礼節をもって遇していただけないか。という、達観にも似た悲痛な覚悟を私はその中に見ています。
これが蒋介石の口から発せられたということも、重要な意味を持っています。
かつて蒋は独裁者オブ独裁者で、国中の同胞を敵に回してました。
満洲事変・上海事変を機に主席を林森老にゆずり、行政院長・汪精衛に次いで現在はナンバー3の地位にいます。
国防上は最高責任者ですが、それでも以前ほどの頑迷ぶりは影を潜め、国民政府の一員として、バランスをとって国を支えている。
もともと決断の速い能力者ですから、頼りにされているのでしょう。
共産党を駆逐した今後からは、対日戦線に全力を向けることができます。とはいっても交戦は望みますまい。日本は、手強すぎる。では、どう戦っていくか。
私は蒋介石に、日本の目を覚まさせて、この暴威を止めさせる、一縷の希望を求めたいのです。
おっと、目の前の小林君をすっかり忘れて考えこんでました。
「コダマ君ていつも考えこむよね。悩みすぎは、よくないよ。いいお薬あげようか?」
いらねえよ!