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いやあ。えらいことでした。
あ。宮本光一です。日本特殊工業株式会社、社長をやっております。
毎度ですが仕事柄、これを言うことで、言うことによって、気持ちが切り替わりますので。
誰に言うてるでもないんですけど、今日は特にですな。
お昼の地震です。
土曜日で半ドンだったんで、皆そろそろ仕舞いやー、て気分になっとったとこですな。
雨も上がって、秋日和で、空は曇ってましたけど風がここちようてですな。ちょっと窓も開けとったんですわ。
私は社長室にいました。
ぐらぐらっときて。
おお、今日のは大きいな。
長いな?
と思ってたら、いきなり烈しい横揺れが襲ってきました。
日章旗と、額の絵と、あと書類棚やらいろいろ倒れてきて、思わず床へ四つん這いになりました。
お昼のサイレンが鳴り始めて、すぐ止まりました。停電です。
工場のほうからも、悲鳴があがっとります。
揺れは続いてましたけど、気が気じゃないんで、壁に手をつきながら、向かいました。
旋盤とか、危険なものは養生して、あと火のついとるものはないかと。
食堂を見に行ってくれ、と何人かに行かせて、私は各部屋を端から順に見て回ってました。
窓の外では煙があちこち上がって見えました。
お昼どきですからすぐに火の手が回ったようです。
消防と警察と、あと軍隊は、すぐに治安出動したみたいです。
人がごった返してて消防もままならんみたいでした。
被害状況とかは何日かせんとはっきりしないと思いますが、東京中の下町で出火したみたいですな。夜でも遠くまで火の手が見えてましたからねえ。
昨晩の大雨がうらめしいですわ。今降ってくれ、と皆して言いましたよ。
途中で、コダマ君と鉢合わせしました。
あとから、社員から聞いた話も混ざっとりますが、コダマ君もすぐ地下室から飛び出したみたいですな。
食堂がすぐ真上なので、まず一番はそこへ向かったようです。
土曜日なのでいつもより人数も少なかったんですが、おばちゃんたちもすぐ火を止めてくれてて、それをコダマ君もひとつひとつ確認してくれたとか。
ひとり、取り乱してたおばちゃん、いてたんですね。
コダマ君、彼女の前に立って、両手を広げて、黙ってじっと見つめたそうなんです。
そのあと、タン・タン・・タン・・・ゆうて足で拍をとって。そしたらおばちゃん、呼吸を落ち着かせて。
そこでコダマ君が
「机の下へ!」
て言うたら、すぐ伏せてくれたと。すごいですよね。
あとは、食堂でバケツに水を汲んで、それを持って各部屋へ。灰皿に水をかけて回ってくれたりもしたそうです。
それは私もすぐは気づかなかったことなんで、驚きました。
コダマ君は喫わんはずですけど、よう見てますなあ。
外から、避難してきた人が中庭にどんどん入ってきよるんですが、手の空いてる人で案内して、ひとまず水を飲ませてあげましょう、ゆうてテキパキ指示してくれたのもコダマ君がいたからですね。
なんかコダマ君がいうとみんな聞くようになってました。
そうそう、自宅から通いの人は帰らせてあげて、寮の人はすぐ戻れるから避難者の誘導とか持ち場の養生の再確認とかして、みたいなこともトントンと決まったんですが、私の自宅へは、社員に甥っ子がいましたんでその子に頼みました。無事だったそうなんで、私も安心して、夜中まで会社にいました。
町中に、火事場泥棒とかもぎょうさんおったでしょうし、当分の間は、社員で交代で寝ずの番せんとあかんやろなあ、と言ったら、コダマ君が、自分いつもしてますからて。
地下室に寝泊まりしてますからね。そうか、そんなこといつも気にしてくれてたんか。
ありがたいことでございますわ。