File_1933-12-001D_hmos.
冬がはじまったよ。
収穫の季節です。
満洲最大の特産品、大豆は、この時期に出荷され、広い道路が牛車の群れで埋め尽くされます。
湖や水路が凍って輸送が楽になるという条件も重なります。大連港は分刻みの忙しさとなります。
開拓が進み、農業人口が今の何倍にも増えると、このせわしなさがもっともっと加速して、コロトウや旅順の港も整備されていくようになるのだろうなあ。
私は人混みが嫌いなので、今の時期、港へは近寄りたくないんです。
満洲二冬目の年末年始に帰省しなかったのも、それが理由です。
しかし今年はね、商売始めたんで。
必要があって、毎日、人混みの中にいます。トラックで大連からハルビンまで往復します。
防疫特務。
東郷部隊ですね。ハルビン郊外に佇んでる、マッドサイエンティストたちの鬼畜研究所です。
顔なじみになっていくとですね、面白い連中です。
自分たちがしていることの背徳ぶりに酔っている。
軍医といいつつ、一般のお医者さんたちとは違います。
この薬物の致死量は何ミリか。
失血は何パーセントから脳に異常が顕れるか。
そんな議論を毎日たたかわせてます。
熱いです。熱血です。青春です。
みんな若いんです。エロ会話すら、ときどき知的に暴走します。
これもまたイカレすぎてて。優生学にもとづく懐妊の最大効率とかガチで追究しようとするやつらです。
阿片も喫わずによくここまでハイになれるもんだ。
聞いてるだけで、こっちまでのぼせてきます。
そんなかれらは、関東軍所属のくせに、軍人が大嫌いです。
だって兵隊は頭が悪いから。
興味深い視点です。
東郷たちにとって兵士というものは駒でしかない。
21世紀のストラテジーゲームよりずっとシビアな戦略立てられるでしょう。
太平洋戦争の末期戦も、かれらに指揮させたら案外勝てたりして。
燃料片道分で特攻させる作戦なんてデフォ思考です。むしろ再利用しないものに別れの盃すらムダ。
そんな計算を平気でします。
生半可な無課金勢には、とうてい立ち向かえない相手です。
そんなかれらのもとへ、大連港から見つくろってきた山東人を納品します。
山東地方は、苦力の一大産地として名高く、中国各地の港や荷役所ではどこでも、頑健な山東人は重宝されます。
WW1の頃は大っぴらにヨーロッパへも輸出されていたと聞きます。
中国人移民を制限する地域でも、山東人だけは歓迎されたりなんて。
そんなわけで私のお得意先である東郷研究所からも、体格や年齢的に条件合致する者がいたら、破格の給料払うからと引き抜いてくるよう依頼されます。
私はピンハネはしない主義なので、対象者に一日たっぷり遊んでもらってから、車に乗せて、搬送します。
そのあとのことは、きかないようにしています。
送り帰したことはないので、なんとなく察しはつかなくもないんですが、知って気分のいいことでもなさそうですから。
お仕事ですからね。
ドライに。
今も吹いている、この、風のように。