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運命の出会いから、もう七年経つんですね。
南京で、骨付き肉にかぶりつきながら。
日本でどれだけ考えてもわからなかった支那という国の、もつれにもつれた四次元パズルを、瞬く間に、快刀乱麻を断つ如く解体してみせてくれた、あの時から。
私はあなたの虜でした。
トーイチさんは、ぶっきらぼうです。
ガサツだし、着るものにこだわらないし、片付けないし、酒飲みだし、遠慮無く思うところをズケズケと述べます。
たとえ相手が上官でも、容赦しません。
そこがいいんです。
カッコつけないところがカッコイイ。
大陸を愛し、大陸に求められている男です。
トーイチさんからの手紙は、どれもこれも、いつも力強い筆圧で、語りたくなったらとりとめもなく書いて、おそらく読み返しもしないで、気が向いたら送ってくる。
私も同じようにお返事します。
そんな気まぐれな文通も、ずいぶん、長く続きましたね。
そんな、あこがれの、トーイチさんが。
ついに、大陸へ、やってきます。
満洲国軍の顧問として。この12月から。
ウホッ!ウホウホホ!!ウッホッホー!!!
嘘みたい。夢じゃないかな。
これから毎日会えますか。
百万の味方を得た思いです。
孤独にさいなまれていた私にとって、これほど頼りがいのある先生はいません。
ここで満洲国軍について説明します。
満洲国は国防を、日本の出先機関である関東軍へ委託しています。
満鉄とその付属地はまだ、満洲国領ではなく日本領ですが、関東軍は今や、その境界を分け隔てなく行動できます。
ソ連権益である中東鉄路だけは立ち入れませんが、それ以外、満洲全土の治安維持と国境警備を、担当します。
とはいえ満洲国にも、自前の国防軍は必要。
旧・東北辺防軍は多くが関内へ逃げたか匪賊となってしまいましたが、あらためて自国民による組織化された軍隊をつくらねば、災害対策さえできません。
満人・漢人を中心とした軍隊を新編します。
それを、日本からの軍事顧問が手伝います。
この一団の中に、トーイチさんも選ばれた、というわけです。
孫中山時代、ソ連を顧問に招聘して、国民政府軍は急速に近代化しました。
日本だって、明治時代には、フランスやドイツから先生にきてもらって、軍隊を基礎から変えていったんです。
そんな歴史を紐解けば、何ら不都合な感じは、しないかな?
現実問題、満洲国にとって日本以外の軍隊を選ぶ余地はないので、これは順当でしょう。
ともあれ、トーイチさんとつながることで、私は満洲国軍の内部事情へアクセスする道が拓けるわけです。
現在ただの一般市民にすぎない私には、貴重な、貴重な、一筋の光明です。
満洲国政府へは今どんどん日本から官僚が送りこまれており、内面指導という名目でありとあらゆる権力を裏から牛耳ってます。
傀儡です。
乗っ取りです。
ボディ・スナッチャーです。
ソ連がモンゴルを共産主義の衛星国として裏から操っているのは周知の事実ですが、日本と満洲の関係も同じようなものですね。
最近ようやく、そのくらいの冷静さで状況を正視できるようには、なりました。
ソ連といえば、満洲国政府には今のところ、共産勢力の浸透はありません。
でも中東鉄路およびハルビン以北の権益を、日本が奪いにくるかもしれないと、ソ連が危機感を抱かないわけがない。
そう思うのですが、不思議なことに争う気配が見えません。
むしろ中東鉄路を満洲国に売却して、ソ連は国境線まで完全撤退するかもなんて噂まであります。その真意も謎。
来たる、大同2年。
私にとっては情報蒐集と暗躍の一年になるでしょう。
早ければ2月26日に日本で最大級のクーデターが発生する。
満洲どうなる。世界はどう動く。
国際連盟はいかなる審判を下す。
かたときも、気を抜けません。
それが運命だけど、あきらめはしない。
もう目覚めたから。悲しむのはやめたから。
熱い時代へ戻れることを、信じているから。信じたいから。
ゼェェェェェーット!