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石原閣下に呼び出されました。
行くと、トーミヤがいました。
あいかわらず、ウザくて、いつもニンニク臭いおっさんです。
今年の1月、関東軍に戻ってきました。
満洲事変の報道を内地で毎日、驚喜しながら注視しつづけてたんですって。
いつお呼びがかかろうかと万端の準備を整えたまま、秋から冬まで過ごしてたんだってさ。
同じく内地にいたトーイチさんは、東宮に先を越されたと、悔しがってましたねえ。
そのトーイチさんは、上海事変に、参謀グループの一員として出動しましたが、着いてまもなく停戦したので、お仕事なーんもしてないよと、これまたボヤキのお手紙を頂戴しています。
私が殺されかけてた時にはまだ、いなかったということですね。
よかった。言ってませんけど。
んなこたさておき。8月です。
日本陸軍では大移動の季節です。
石原閣下。内地へ転任、決定。
そういう噂はありましたけど。いよいよ、本決まり。
陸軍省兵器本部付。
付、てことは、トクム臭いですね?
「何をさせられるかは、儂にもわからん。今、満洲を離れることは痛恨の極みだが、宮仕えでは逆らえぬ。あとを、よろしく頼む」
話が早い。ええ、私は内地へはついていきませんよ。
ついでに大佐へ昇進だそうです。おめでとうございます。階級なぞオマケなんですね。閣下らしい。
トーミヤは、来てからずっと、満洲国の土となるべく粉骨砕身の情熱をもって、匪賊討伐に精を出しておりますけど。
今後、北満の辺境で、移民開拓団の守備隊長となるそうです。
いま大雨が続いて大変なことになってる地方ですね。
大きな仕事を任されたと、大感激してます。
トーミヤを下がらせたあと、閣下は私に、近くへ寄れと手招きします。
ナイショのお話ですか?
今回の人事では、本庄さんも内地送り。
板垣さんは満洲国溥儀執政付き顧問に。
土肥原さんと花谷さんは天津に。
かなりのメンバーが総入れ替えになるみたいです。
片倉は?
久留米へ転属。そうですか。まあ、どうでもいいや。
閣下たちが抜けた関東軍の主要ポストへは、内地から来る人が収まりますが、閣下曰く、いけすかんロボットばかり、だそうです。
私の知らない名前しか並んでませんけど、そうなんですね?
つまり日本にとっては、満洲は新大陸で植民地である。これからどしどし開発していくにあたって、中央の指示に絶対逆らわない事務屋ばかりを、選りすぐって送りこむ。そういう狙いが見てとれるそうです。
ヤな思想だ。五族協和を理解してませんね。
満洲は、日本のものじゃないんだぞ。独立国だぞ。
お前らは、対等につきあっていく世界各国の、その内の一国に過ぎないのだぞ。思い上がるな。
とはいってもねえ。
閣下がいなくなると、ツブシもきかなくなりますね。
ユーウツな一年になりそうです。
私はいま満鉄の職員ですけど、引き続き関東軍とのパイプを維持し、閣下との連絡係になってほしいと言われました。
言われずとも。
ヤバい橋は、今までもこれからも。シームレスです。
新たに東郷って軍医さんも満洲へ来るので、協力してやってくれと。
ドイツ帰りで、非常に頭がきれるそうです。軍隊の衛生管理と防疫に並々ならぬ情熱を持っていて、携帯式濾過器を発明。天皇陛下から感謝状も賜られたほどだとか。
石井さんて方と関係あります?
閣下が、目をひんむきました。
日特に、石井さんて軍医さんが、濾過器の設計図を持って現れ、これを実作できないかと相談されたって聞いてます。濾過器の製造元は日特ですよ。
なんだ、同じ人でしたか。
なんと、東郷っていうのは、その石井さんのスパイ・ネームだそうです。ゴルゴ13かよ。東郷平八郎から採ったみたいですけどね。本名の石井は、満洲では使うなとのことです。
ひとまず、わかりました。東郷さんは閣下の味方なんですね。
他には、遠藤さん・田中さんが内通してると。
承知しました。コソコソと連携します。
そんな話をして、退出しました。
なんだか本格的な、スパイ大作戦になってきましたね。
リアルって、どす黒すぎ。やだもう。