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リットン、日本へ行っちゃいました。
追いかけていくつもりしてたんですが。
ボスからは、その先は日本のチームが引き継ぐから、大連へ戻ってこいと言われました。
明日、戻ります。今日は釜山に泊まります。
調査部のルーティーンを説明しましょう。
リットンが今どこにいるかってことは、誰にでも、モロバレなんです。常に大仰な護衛に囲まれてるし。指名手配犯を尾行してるんじゃないので。見失わないように追跡する必要はありません。
あんまり近くにいて、万が一のテロに巻き込まれるのも御免ですしね。
私の任務は、その翌日の新聞をありったけ集め、分析すること。
報道されてない情報を報告し、可能な限り「リットンたちに情報を提供した人物」を特定し、プロフィールや派閥を調べること。
そうしたデータを集めて持ち帰るんです。
だから基本はリットン一行を一日遅れで追いかけます。状況次第で先回りしたりもしますが。
日本でついでにアレコレ所用を……と思ってたのに、アテ外れ。ちぇ。
それにしてもリットン。
6月28日までずっと北京に籠もってたんですが、急に動き始めました。
おそらく、レポートの大枠が仕上がったので、その確認作業のために、来た道をもう一度たどっているのでしょう。
朝鮮へは、今回が初でしたけど。
国際連盟が最終的にまとめる報告は、満洲国にとって都合のいいものにはなってくれないと思います。
でも過剰に脅えることなく、最悪を想定しつつ楽観的に構えるべしです。
そのための準備を怠りなく、ということ。
南京や山東ではまた別のチームが動くので、私が追跡するのは満洲から朝鮮までですね。
他のスパイとは顔も会わせたことありませんが、レポートの詳細さでは私の仕事ぶり、それなりに認められてるみたいです。行動範囲も徐々に広げられてます。ちょっとうれしい。
機密費もらえて旅行三昧を楽しんでます。
でも私を監視してる担当もいるはずだし。組織を裏切ったと容疑をかけられるだけでアウトな、ブラックもブラックな世界なので。常に気をつけてなきゃです。
共産党より逃げるの難しいかもしれません。
どこでも一緒か。
でも今世ではね。私、生まれた瞬間から22年。そうやって生きてきましたから。ステルスがデフォなんで。
サノだけですよ。全部明かしてるの。
いい友達だ。親友だ。大切にしなくちゃ。
内地では、犬養さんが殺されたあと、十日ほどの空白期間を経て、齋藤ミノル内閣が誕生しました。
齋藤氏は海軍のOBです。
五・一五の主犯格は、海軍若手将校でした。
内地の世論が、テロを起こした側に共感を寄せているのは、直後に同系列の人が就任して問題になってないのを見ても、間違いないみたいですね。
正直、日本の世論、今よくわかんないんです。
こないだコッソリ行ってきたときも、おかしな雰囲気だなとは感じてました。
国全体がです。
満洲へ戻ってきてから、突然思い出した言葉があります。
嫌韓ブームと、
エコーチェンバー。
私が前世で中学生だった頃。嫌韓ブームという現象が起きました。
いま私が立っている釜山は、その世界では大韓民国という、朝鮮民族による独立国家の、都市でした。
その頃、日本全体に、この大韓民国の文化・歴史・人々を徹底して全否定する病気が流行したんですね。
ヘイト本と呼ばれる、どぎつい雑誌や単行本が街の書店にあふれかえり、マスコミは連日それを面白おかしく盛り上げました。
その結果、数年後には、全国でリアル書店が壊滅的に減少し、テレビを見る人がますます少なくなりました。
いつしか嫌韓は誰も知らない噂となり、責任を追及する人もいないまま、闇に埋もれていきました。
私はそのブームをきっかけに、街の本屋に通う習慣がなくなり、図書館で古いミステリやSFに目覚めるようになったんです。だから結果的にはいい面もあったのかな、今思えば。
戦争のおかげで電子レンジが生まれたんだぞ、みたいな屁理屈を言えばですけどね。
大人になってから知ったところによれば、出版不況という氷河期に直面した業界各社がグルになって仕掛けた企みで、最初から大量につくって問屋さんが尖兵となって全国の書店に平積みさせ、こんなに売れてます!!!と自作自演して、マスコミも喜んで同調して、アホな知識人まで信じこんで、ノリノリウェーイした事件だったんだとか。
結局は、自分たちの首をしめた。
ね、バカでしょ。
そして、何かに似てるでしょ。
お次はエコーチェンバーです。
もともとは音響用語で、自分の声だけが反響する部屋にこもることを言うのだったかな。
こちらはインターネットで多発した現象ですが、自分の仲良しさんとだけ対話できる空間を誰でも持てるようになり、その狭いコミュニティの中で政治談義を始めるとどうなるか。
論争して不愉快になる相手はブロックすればいいんです。同調してくれる人とだけ、つるめばいい。
極端に先鋭化しただけの、打たれ弱い思想家が生まれるのに時間はかかりません。アホの促成栽培です。
イエスマンしか侍らせない社長は会社を倒産させます。
子供にだって、わかること。
わからない大人もいるんだなってことをわかるようになるには、以下略。
歴史は繰り返すといいますが、学習して改善しないから、いつまでも繰り返すんですよね。
今より過去にはなかったのかな、類似案件。いやもう考えるの疲れました。
私のいた21世紀は、学習能力、なかったってことです。
そんな世界に戻りたくありません。
なんとか「この世」を良くしよう。
そう思いを新たにしました。
サノが終始冷静につきあってくれたのを思い出すにつけ、ほんと、いい奴だなあって。
流されることなく、オタを貫いてくれ。そして、来たるべき時が来たら、一緒に戦ってくれ。
誰と戦うって?何と戦えばいいんだ?
さてねえ。