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コダマです。大連にいます。
閘北で、血まみれになった夜の、翌々日にやっと上海を出られて。
帰ってきて各方面の方々からこっぴどく怒られたり慰められたりしましたけれども。
それもやっと、落ち着いてきて。
私自身もようやく、落ち着いてきまして。
今日は、2月18日です。
結論出します。
日本は、バカです。
現在、内地で大流行している言葉。
膺懲。
ヨウチョウ。
こらしめる。ねじふせて、思い知らせる。
支那膺懲。
徹底的膺懲。
ケシカラン支那人に文明の鉄槌を叩きつけて反省させてやる。我々大日本帝国はアジアの輝ける星であるぞスタアであるぞ。日本人ひとりは支那人20人の価値に等しいのだぞ。思い知れ。ひれ伏せ。二度とヒトサマに迷惑をかけるでない。賢者のいうことを聞きツツマシヤカに生きるべきであるぞ。
ね、バカでしょう。
けしからんのはお前たちだニッポン。
そこまで想定してなかった私たちが甘かった、と言われたら、それまでです。それは、認めます。
でも、言い訳をさせてください。
ロシア革命だって、西暦1917年の時点だけで判断するなら、ただの殺し合いです。
それまでの帝政ロシアと取引をしていた世界中の企業は債権回収不能に陥って、革命者たちを怨んだでしょう。
当然です。
共産主義が国家として成り立っていけるわけがないという予測も、当時さかんに言われました。
しかし、15年経ちますけど、ソ連はまだ生きてます。
世界恐慌にも巻き込まれず、国家のひとつの有り様として、立派なモデルケースになっています。
私たちにも、同じくらいの時間は、与えてもらえませんか。
日本でも中華民国でもない、新思想の国家を、私たちは出発させようとしているんです。
その挑戦と実験を、多少強引な形で手に入れはしましたが、この満洲という大地で、私たちに、させてみてはもらえませんか。
という、独立宣言を、来月早々、世界へ向けて発信すべく。
努力に努力を重ね、耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍んできたというのに。
それなのに。
うちのバカ親が。
日本という、ロクでもないバカ親が。
全部、台無しにしてしまいやがった。
やるせなさで、立ち上がる気力すら持てません。
独立国家満洲としてただちに日本へ、NOを突きつける宣言をすべき。と私、閣下に進言しました。
少なくとも、まだ私たちのことを理解されてない世界へ向けて、はっきりと、「いま上海で日本が行っていることは私たちの与り知らぬことであり、我々は断乎日本を批難する」と意思表示すべきだと。
一刻も早く。
でないと、満洲国は日本と一緒くたにされたまま、世界の中で孤立してしまいます。
そう言いました。
閣下は今月ほぼ毎日のように新政府設立準備の幕僚会議に出られてますけど、困ったような顔で私の話を聞いてくれるだけです。
わかってもらえてるとは思うんだけど、だからって実行するのは簡単ではないようです。
それもわかるんですけど、満洲国は日本の傀儡ではないぞという牽制を今ここで打たなければ、すべてが手遅れになってしまいます。
こんなところで、こんなことで、つまづくなんて。
思いもしませんでした。
くやしくて、たまりません。