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10月になりました。満洲は、もう冬です。
内地が最近、うるさく言ってこなくなりました。
ひとまず大きな戦闘が終わったので、ワカツキ内閣は満洲でのこと、放任あるいは黙認という姿勢でいくと決めたみたいです。おちつくなよ。
こっちはそんなバカどもと違って、超いそがしいんです。
満鉄総裁・内田康哉氏が、数日前から関東軍のトップたちと会談を重ねてます。
目下、張学良指揮下の東北辺防軍がごっそりいなくなって、関東軍が満洲全域を警備している状況ですが、匪賊の襲撃が急増して満鉄線だけでも結構な被害が出ています。
線路の犬釘を抜かれるなんて日常茶飯事なのでスピードもかなり落として運行。
装甲列車を毎日走らせて警戒してますし、電線切断なんかもしょっちゅうなんで、復旧作業で満鉄職員も不眠不休です。
満鉄おじさんたちの士気も高くて、関東軍と一緒に手榴弾を投げてきた運転士さんもいるそうです。
その協力態勢は尋常じゃなくて、たとえば吉林進軍の際、兵員輸送のため客車を50輛くらいつなげて、3輛の機関車で牽引して、しかも夜中に満鉄じゃない路線に無断で乗り入れて走らせてたとか後で聞きました。
なに言ってるかわかんないでしょ?
私にもわけがわかりません。
いてもたってもいられなくなり辞表書いてボランティア活動に飛び込んだ職員も相当いて。
青年連盟に入ったり、関東軍嘱託になったり。その両方やってたり。
もはや何が何なんだか。
内田総裁と関東軍とで話し合いを進めるうち、事変以後、退職した人へは復職の機会を与え、復職した場合は辞めていた間の給料を出張費として支払うこと。それから関東軍が治安活動において物資購入等で支払いを滞らせてしまった場合は一時的に満鉄さんへ立て替えてもらうとか。そんなことが色々とりきめられました。
この会談に一度、私、閣下から呼ばれました。
奉天ヤマトホテルへ行きました。閣下、臭かったですけど、着替えたばかりなんでまだ耐えられました。
その隣に、座るよう言われました。
「内田さん。この子はコダマといいまして、儂が縁あって引き取って面倒を見ております。奉天図書館で一年半ほど働いておりますが、ご存知ですかな?」
知ってるわけないでしょ。
相手は最高トップの総裁様なんですよ。臨時雇いの小僧なんかいちいち知ってるわけないでしょ。
初対面ですし。
「9.18以来、関東軍嘱託としても働いてもらっております。救護活動・食糧配給・夜回り・物資運搬・内地からの慰問袋への礼状書き・広報文書作成・市内清掃、等々。休みなく、寝る間も惜しんで働いてくれております。この子も出張扱いで、ひとつ、よろしく」
ちゃっかりしてますね。それ、わざわざ総裁の前に出させてまで言わなくてもいいでしょ。いやらしいですよ。
「この子は特に、頭が良いのです。図書館では今まで誰も手をつけなかったロシア文献七千冊の目録を完成させたと聞いております。地図の読み方も玄人裸足で、我々は機密資料の分析やら作戦について助言を仰ぎたいとき、この子を呼び出して意見をもらったりしているほどです」
何を言いだしやがりますか。その通りですけど、やめてください。怒りますよ。
「ただ、今日も、全然しゃべってないでしょう。度が過ぎるほど無口だし、人見知りが烈しいので、いつもこんな感じで目立たないのですが、それゆえに大変使い甲斐がある。この子は、満鉄さんのお役にもきっと立つと保証します。事変が一段落したらお返ししますので、何とぞ、御社のために役立ててやってください。どうぞ、よろしく」
もうもうもうやめてください。恥ずかしくて顔から火が出そうです。やめてくださいお願いしますゆるして。
「コダマ君ですか。ごめんなさい。うちにそんな人がいるなんて知らなかった。石原さんのことだから、お世辞でも身内びいきでもないんでしょう。じゃあ、戻ってきたらじっくり面談させていただいて、その上で適切な部署があれば異動させましょう。それでよろしいですか?」
うあああああああああ総裁に頭さげられちゃったよ申し訳ありません大した仕事なんてできやしません無学のガキンチョですけど期待に添えられますようがんばりますよろしくお願いいたしますうええええええええん。
内田氏は明日、東京へ発ち、満鉄総裁として政府や財界との、今後についての交渉を始められるそうです。
政治のバトル、第二ラウンド開幕なのです。こちらから攻めるのです。
関東軍へも、満鉄上海事務所から腕利きの国際法学者を派遣してくれるとか、そんな話もしてたようです。
やることいっぱいありすぎるので、内地が静かになってくれててほんと、助かります。