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2591年9月22日。火曜日。
大日本帝国東京政府より、公式声明が出ました。
その見事なまでの迷走っぷりを、ご覧ください。
「滿洲国における事変の当初より、日本の軍隊は、居留民の安全、鉄道の保護、軍隊の自衛権に基づいた行動に徹しております。日本政府はあくまでも事態の拡大を防ぎ、日中両国間の交渉によって、一日も早く問題解決への道に尽力いたします」
どこ見てんのよ。
関東軍との交渉は、しないわけ?
陸軍省からおいでなすってる建川少将、今日も瀋陽館で飲んだくれてますよ。いいの?
ところで私も失念してましたが、関東軍て、政府も陸軍省も関東庁のいうことさえも、聞かなくていいんです。
12年前の2579年。関東都督府から改組された関東庁と、そこから独立した関東軍とは、指揮系統が分離したんですね。
当時は、関東庁は軍事力を行使しない、というのが建て前でした。
関東軍は、誕生以来、天皇陛下直隷です。
天皇陛下の統帥によってのみ行動する、神聖なる独立軍なんです。
石原はこのロジックを利用してます。
天皇陛下から直々の停止命令が下るまでは、やれるところまでやる、という肚でいます。
もちろん本国には教えてません。やつらがそれに気づくまでが勝負だ、という頭脳戦を仕掛けてるんです。
どんだけ悪智恵の働く大悪党なんだろう。
タネさん率いる朝鮮軍第39旅団は、これは陸軍省の管轄です。
政府の命令によってしか動いちゃいけないはずなのに、勝手に越境した。
東京政府は昨日以降、朝鮮総督府へもガミガミ文句を言っていたそうです。
朝鮮総督は、宇垣さんです。ワカツキ内閣誕生で追い出されてすぐこっちへ就職替えしました。うちの閣下と直につるんではいないみたいですが、旅団長と黒幕タネさん、その上の林司令官とに説得され、東京政府へ弁明。
その結果、
ワカツキ内閣、朝鮮軍の越境行動を、事後承諾。
あとで予算も出すから、関東軍を助けてやって一日も早く治安を取り戻してくれと、逆に朝鮮軍へお願いをする始末。
その連絡がさっきタネさんから関東軍へ届いたんですけどね。私は全身の力が抜けました。
ワカツキ首相。あんたほんとに、あんたほんっとーに、交渉ごとがドヘタクソなんですね。
なんでそこで言いくるめられちゃうかな。
ロンドン海軍軍縮会議でもそんな調子だったんでしょ。
政治家の年少組からやり直せよ。幼稚園の砂場でディベート学んでこいよ。
内閣チェンジが閣下のプランには入ってるんでしたっけ。
ワカツキに田中計画は無理、と私は断言しましたが、閣下はそんなワカツキも利用するだけ利用してから、使い捨てるおつもりでしょう。シデハラも。
これには私も、完敗です。おみそれしました。
愚将には愚将なりの使い道がある。
そこまで制してこその智将。
まったくです。勉強させていただきました。
んなこたさておき。
そんな閣下たち関東軍参謀チームは、本日、現時点からの満蒙問題解決策を再協議し、新たなる方針を定めました。
まだ公表はされてませんけど。
溥儀皇帝を、お迎えするようです。
清朝のラストエンペラー、ヘンリー溥儀氏は、2572年の退位後、現在は天津にて無聊を託っております。
皇帝陛下に、先祖代々の故郷である東三省へ戻っていただき、新生・満洲国家の精神的支柱となっていただきたい、と。
これを聞いて私、あれこの話知ってるぞ?て。
やっと思い出しました。
前世でね、小学生くらいの頃にテレビで、ラストエンペラーって映画観た記憶あるんですよ。
うん、溥儀、出てた。
2歳くらいの幼児が、北京の宮殿で、何千人もの兵士たちが直立不動する式典の最中、キャッキャ走り回って遊んでた。それは自分の皇帝即位の式だった、みたいなオープニングだったんですね確か。
4時間くらいあったはず。最初の方しか観てないはず。
当時私も幼かったからなあ。
溥儀が大きくなってからは、ひたすら暗い暗い、政治の話ばかりになるんで、幼女にはつまんなかったんでしょう。
今観たらめっちゃハマると思うんだけど。
つか!今!観たいよ。地団駄踏んでんだよ。
せめて粗筋だけでも!誰か教えてよ!!
今ここに!スマホがあれば!!ググるのに!!!