File_1931-06-004D_hmos.
見知らぬ、天井。
死に至る病、そして。
涙。
気づいたら、民家の、ムシロの上で、汚物にまみれながら、のたうってました。
二人の少年兵に、看病されてました。
薬も飲ませてもらってたっぽいです。
もしかしたら、アヘンかも。
マラリアか赤痢かわからないけど、ちゃんとした薬を、この子たちが持ってるようには思えないし。
とりあえず、病死はまぬがれました。快方に向かってます。
ここは、彼らの家なのか。
んなわけ、なさそうです。
食糧欲しさに押し入ったのかもしれません。
こわいから、きいてない。
おそらくですが、二人は、あの夜の警備兵。
中村大尉一行が脱走しようとしたのを殺しちゃって、かれらもまた、逃げ出した。
そして、道中、行き倒れてる私を見つけて、助けてくれた?
わけがわからないよ。
「お前、どこの生まれ?ウワゴトいってたけど、英語?」
……え。何て言ってた?
「わからない。でも、日本語じゃない。日本人だったら殺してた。中国語も混じってたけど、北京でも広東でもない。どこから来た?」
……あちこち彷徨ってきたから、ゴチャゴチャに混ざってると思う。どこで生まれたんだかも、よくわかんないな。
「まあ俺らもそんなだよな。軍隊は?」
……軍服もらったことは無い。なんか、いろんなとこで戦ったりしたけど、いつも、着の身着のままだった。
「俺たち、東北軍にいたけど、もう戻れない。これから、瑞金へ行く。お前も来るか?」
……もう戻れない、って、何かしたの?
「日本人殺した。日本人のスパイな。捕虜だ。金ヅルを殺したから、俺たちも殺される。だから逃げた」
そりゃ許してもらえないだろうねえ……
瑞金って、どこだっけ?
「江西省。南昌のちょっと先だ。そこで、共産党へ入る。飯たらふく食えて、金もかせげる。お前も来いよ。仲間は多い方がいい」
共産党かあ。あれ?共産党って、金も食糧もみんなで分け合うんじゃなかったっけ?
「分けてもらってから、また逃げればいい。共産党が今は一番豊かだ。国民党はダメだ。東北軍は、もっとダメだ」
なるほどなあ。でも共産党って、簡単に逃がしてもらえないって聞くよ。裏切者は許さないって。
「フフフッ。知らないな。教えてやる」
紙を取り出した。何か書いてある。読んでくれた。
一.家を発つときは、扉を元通りに。
二.ムシロは裏返して、巻き直す。
三.民衆には丁重に。
四.借りたものは返す。
五.壊したら弁償する。
六.農民との取引は公正に。
七.買ったら代金を払う。
八.清潔に。便所は家から離して設置する。
ナニソレ?
「共産党のキマリだよ。ちゃんとしてるだろ?」
「さっき、逃げるって言ったけど、これと違ってたら、逃げる。この通りだったら、俺たちは共産党員でいつづける」
……共産党は、すばらしいと思うかい?
「国民党よりはマシだ。国民党はデタラメだ。フハイがマンエンしてる。共産党は金持ちを倒してみんながそれを分け合うんだ。そのあと、みんながちょっとずつ働くんだ。それがほんとにできてるかどうか、それをこれから確かめにいくんだ」
まっ正直すぎるくらい、まっ正直だなあ。
「お前が動けるようになったら、出発するぞ。もう、大丈夫か?」
ああ……だいぶ快くなった。ありがとう。でも、その前に、瀋陽へ戻っていいか。
「家族が瀋陽にいるのか?」
ああ。親と子供たちがいる。あいつらを説得してから合流する。落ち合う場所だけ、決めてくれ。
「よし、じゃあ、山海関のシーパオって店に来てくれ。そこのオッサンに伝えておく。早く来ないと、先に行っちゃうぞ」
わかった。ありがとう。気をつけてな。
中国の若者たちだって、真剣に自分たちの未来のこと、考えてますよ。そりゃもう、必死で今日と明日を生き抜いているんですよ。
そんな貴重な体験をしました。
ウソついてごめんな。縁があったら、またどこかで会えるといいな。
片倉は、引き払ったあとでした。私の荷物も、ちゃんと持ち帰ってくれたかな。
満鉄公所でお金を借りて、旅順まで帰ります。
命がけの遠足でした。楽しかったです。