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河本くん、おつかれさま。
軍人やめるんだって?
ひとまず左遷という形で内地勤務になる予定だったのを、本人はキッパリ退役の意向。
張作霖爆殺の件は、もう終わった話題で、河本はシロって結着ついてるんでしょ?て思うんですけど。
グダグダと終わってないみたいなんですよね。内地では。
田中内閣でも再度、調査委員会つくって。
河本もあれから何度も呼びつけられてて。
もうイヤになっちゃいましたと。
ノイローゼにさせてからお払い箱というのは21世紀でもよく聞いた話です。
最後にはお客様からのご意見ご要望窓口へ送りこむとかね。
ソ連の粛清に比べたらなんて牧歌的な。
いや時間をかけるだけ残酷さは上なのかな。
どうだろう。
連帯責任で関東軍から何人か、まきぞえ左遷が出るみたいな噂もありますけど、実行犯東宮も、どっか飛ばされるんですかね。
そのうち発表されます。ドキドキです。
私個人は、先日のロシアショックがまだ尾を引いていたので。
放心している河本に「シベリアの話を聞かせてください」って、構ってあげたんです。
いらん話もいっぱい混じってたので私なりに要約してお伝えします。
シベリア出兵。
11年前の話になります。まだ第一次世界大戦中だった時代。
当初ロシアは、ドイツやオーストリアの中央同盟国陣営と戦う連合国側の一員で、英仏その他と連帯してました。
ところがロシア革命により旧帝政が崩壊。
共産主義という新たな種類の国家が誕生し、既存の国家すべてにとっての脅威となります。
英仏は共産勢力を封じこめるため、極東方面でアメリカや日本がソ連に対して圧力をかけることを希望し、シベリアでの共同作戦を提案します。
名目上は「チェコ人部隊1万人がソ連領内で四面楚歌となりシベリア方面まで逃げてきている、彼らを救わなくてはならない」という大義名分。
連合側7ヶ国が行動開始するのですが、どこも正直乗り気でない作戦に、日本だけが、7万人を超える三個師団を派遣。ソ連にとっては生命線であるウラジオストック港を占領後、更に増派を繰り出して、極寒の内陸部へ浸透していきます。
「なにがなんでも土地が欲しい、チャンスがあればどこへでも攻めこんでいくぞ」という悪しき日本のイメージを世界に印象づけたのが、このシベリア出兵でした。
河本は第一陣に参加して、一年半あまり、ウラジオストックにいました。
参謀本部少佐として行ってるんで、直接戦闘はしてませんが、バイカル湖の東岸までは視察で行ったそうです。
二冬を過ごしたけど寒さは尋常じゃなかったようで。
燃やせるものは何でも燃やしたっていうけどそれは民家や死体もですか。
敢えては聞いてませんけど。
怖すぎて聞けませんけど。
内地へ戻ってきてから、レポート提出。一年以上かけて、長大なロシア研究報告書を書き上げたそうです。
「飽くなき領土欲。世界征服の野望。一に侵略、二に侵略。人のものは俺のもの、俺のものも俺のもの」
これが河本の結論した、ロシア人のアイデンティティー。
それ日本人が言っちゃう?と突っ込まずにはおれませんが。
河本は、ロマノフ朝ピョートル大帝の遺言書を参照します。
ピョートルさん、200年前に、こんなヴィジョンを後世に託したそうです。
「ユーラシア大陸の周辺国、日本や支那・ポーランド・スウェーデン・デンマークなどを互いに反目させるべし。弱ったところで手をさしのべ、ひとつずつ支配下に置くべし。この手は西洋列強や、海を隔てたアメリカ大陸には通用しないだろう。世界を、かれらと三分割することで完成となす。これがロシアの進むべき道である」
日本はまだ八代将軍吉宗公の時代に、こんな世界戦略を持っていたのだぞロシアは。
ソヴィエト誕生後、レーニンより前の歴代皇帝や政治指導者像は次々と破壊されているのに、ピョートル大帝の像だけは残され、今も崇められているのだそうです。
つまりピョートルの遺志は、ロシアの背骨を貫いている。
ロシアにとっての至上命題は、200年間変わっていない。
そんなロシアは粘り強くて執念深く、日露戦争で東清鉄道を奪われたことを根に持っていないはずがない。
いずれ必ず、奪い返しに来る。
そのための準備を怠るな。
と、ツバを飛ばし拳を振り回しながら、叫ぶのですコーモト。
つい耳をそばだてたのは「具体的にソ連が攻めてくるとしたら考察」ですね。
パターンA.ウラジオストックから西進、奉天へ攻めこむ。
パターンB.ブラゴエシェンスクから南進、ハルビンへ攻めこむ。
パターンC.外蒙古のバルシャガルから外周沿いに南満へ攻めこんでくる。
やるとなったら三方向から同時に押し寄せるかも。
ソ連ならありえますね。
容赦なく、全兵力を一斉に投入するでしょう。
支那との緩衝国である蒙古を傀儡化する政略も進んでいます。
蒙ソ秘密協定。参謀本部が入手済みだそうですが、蒙古政府は他国とのいかなる条約を締結する場合でも、あらかじめソヴィエトの承認を必要とするんだそうです。油断なりませんね。
4年続いたシベリア出兵は、世界中の批判を受けました。
日本もこれ以上軍事費を捻出できないと諦めて、廃墟と化した一帯から撤退します。
その後の日ソ交渉。私はとても気になるのですが。河本の頭には、外交でなんとかするという発想はないらしい。
次は必ず白旗を揚げさせて見せるところだったが、俺、退役しちゃうからなと、とても残念そうです。
河本がいなくなっても、状況が、さして変わるわけもありませんけど。
「だからな、お前も、ロシア人見てびくびくしとったらアカンぞ。ハルビンへ行ってロシア娘を抱いてこい。ロシア人は乳はでかいしケツもぷりっぷりだし礼儀も正しくて最高だぞ。度胸をつけろ、度胸を!」
最後はやっぱりそういう話になるんだよな。コーモトって。
人間やめてくれないかな。いっそ。