「よっこらしょっと」
「お年寄りみたい」
マキニヤが引いた椅子に腰かけるアディヴェムは、ため息代わりに声を漏らした。
「なあこれ、本当に読まないといけないのか?」
両腕を広げてもまだ余る机の上には、巻かれた竹簡が山と盛られていた。それでも足りずに机の前で箱に詰まっている。
「それがお仕事だから」
「よくまあこれだけ……交整省やら生活省やらは仕事をしてるのか?」
脳裏にはまだいくつか旗印が浮かび、大臣の顔が消える。マキニヤはアディヴェムの左右と後ろにいくつもの箱を用意する。
「どこもヴェムが行った所でしょ。なら、しかたないんじゃない」
「街灯を死体で飾り付ける男だぞ? なんだお礼の手紙だ」
概要に書かれた文字を読んだアディヴェムは渡し、マキニヤがそれを仕分ける。何度か繰り返していると扉が叩かれる。
「はい、どうぞ!」
「朝食のお時間です。ちゃんと目を通しているのですね」
「仕事くらいする。役所仕事はまだ手が足りない。放っておいたら民が死ぬぞ。後で片付けよう」
立ち上がるとマキニヤも頷いて続いて部屋を後にする。
「マスター、待ってた」
「お待たせ、スティア」
真珠のイヤリングを煌かせスティア・ストライプが玄関で待っていた。
「なにか異常はあった?」
「無い。いつもどおり」
玄関を出るとシャーナが鍵を閉め、扉は厳重にロックされた。
「施錠は完了だ」
念入りに確認して、3人と共に皇城ラーゼに入る。廊下でさえ招かれた客が皇族の権力を容易に確信できるほど、想像を絶する絢爛豪華なものだ。
(食堂って)
「こちらになります」
シャーナが分かれ道を先導し、大きな木の扉を押してレストランに入る。
「いらっしゃいませ」
絵画をおさめる額縁の天井や壁、控えめに灯りを反射する磨かれた清潔な床、影が現れる場所に困りそうないくつものシャンデリア。準備に奔走していたメイドが声をかける。
「いらっしゃいませ」
「おはようございます」
挨拶すると左奥へ座り食事を頼もうかとしたところ。
「おはようございます」
「……ァリウス様は無視を止めないのですね」
「しでかしてきた過去の報復を食らってるに過ぎない。差別されて平等だ」
慇懃にあいさつするメイドを通り過ぎ、ァリウスはアディヴェムの方へ歩を進める。
「隣、空けてくれる?」
アディヴェムは椅子をずらして場所を開ける。
「そっちは嫌。右に避けて」
「じゃあミスティーに右に来てもらう」
「むー」
マキニヤにアディヴェムがひっつき、ァリウスがふくれっ面で不満を露わにするが、渋々、空いた椅子に腰かける。
「なにか欲しい人は?」
アディヴェムがメイドを呼び注文を頼む。
「追加で、皮を剥かないリンゴを3つ欲しい。以上だ」
「畏まりました」
メイドが伝えると清潔感のある厨房がせわしなく動き始める。
「もう忘れちゃったかと思ってたわ」
「お義母さんはリンゴを愛食しているのくらいは覚えてるよ」
ややあってメイドがリンゴを持ってきてアディヴェムは2つを取って皿ごとァリウスに回す。
「おいしい」
「ジューシー」
2匹の蛇がリンゴを丸呑みにし、メイドから朝食が提供された。
分厚いフワフワのフレンチトースト、ミント、イチゴ、大盛りのホイップ。コーヒー。メイプルシロップとミルクのピッチャー。
おかわり自由な朝食を摂り始め、アディヴェムはただ1人、本を読んで過ごす。
卵の優しい香りにシロップの甘い香りが加わり、ミントとコーヒーが引き締める。イチゴをほお張れば果汁が甘味に奥行きを付ける。そのおいしさが伝わる咀嚼音を切り裂いて、鎧の女性が現れる。
「今日も良い香りがしますね、レドヴィア様」
「そうだな」
専属ヤイパ・ローアルを連れたレドヴィアは席に着くなり、男性が逃げ出しそうなほど太い筋肉質の腕を上げてメイドを呼ぶ。
「ここは段差があるからね」
「ありがとうございます」
次に、支臣の1人イーヴィ・カンセが専属ノーガ・キティウスを連れて入る。
(今攻撃されると一網打尽だ)
戦々恐々としている間に食事が終わり、レストランを後にする。その去り際、入れ違いになった帝軍大臣が会釈をしてアディヴェムに道を譲った。