殿の1部屋、廊下の様に長い部屋。
奥にはいくつも人の上半身を模した的が、不規則な、統一性の無い動きで煽っていた。その中心となっている腹に文字が撃ち込まれ、燃え上がる。
メイド姿のままのシャーナは攻撃する度、浅い息は引き金を軽く引く指に合わせて止まる。次々的に命中させていく彼女に変化は無く、飾り気も無く、道端の石ころでも蹴るように無邪気に、前進し始めた的の動きを奪っていく。
(×××x、×××x)
変化があるとすれば頭の中、的は魔性石の板から生身の人になっていた。
(だから?)
有効打を与えれば当然、血が飛び、内臓が地面に垂れ、悲鳴を上げる。苦悶を浮かべ、手足が落ち、呻き、仲間を求める。運を天に任せ、必死に命乞いしている姿は、攻撃している方まで後ろめたくなるような惨状だった。
(太古の軍人は仲間の事を、家族、って言ってたらしいよ、軍は家とも。家族以上に大事な命が有るのか?)
引きずられる皮膚から骨が見え、ちぎれた筋肉、踊る血管、血のシャワー。人に見せるために脚色されたものではない、生々しい生を感じさせる死体。それでも足を止めずにシャーナに迫り、鉄臭くなるどころか、返り血さえ浴びせ始める。
(ご主人ならそう仰って、攻撃を戸惑わないでしょうね)
血を見ようが内臓を見ようが、もはや眉さえひそめない名医の様に、慣れた動きでシャーナは死体を量産していた。返り血を浴びた彼女は溶けた赤蝋燭の様だ。
「さすがシャーナだ。最後まで手を止めなかったね」
「ご主人、見ていたのですか」
手袋のせいで音色の悪い拍手をアディヴェムが送り、死体の行軍は目の前で止まった的に戻る。
「至近距離ならその銃と剣、どっちが強いと思う?」
「……ご主人どうです?」
シャーナが逡巡すると質問を返してきた。
「俺は銃が強いと思う。平等の条件ならね。片方が抜いてる、とか不平等な条件にするなら、じゃあ寝込みを襲った、って条件でもいいはずだ。あの距離は狙わないと的には当てられない」
クロニクルが手を伸ばして的を取り、シャーナが銃を構える。
「中間の距離でもまだ狙う必要がある。でも」
クロニクルが銃口の先端、接触するほどの距離まで的を持ってくる。
「この距離なら狙う必要などない。引き金を引けさえすれば、たとえ赤ん坊でもいい。俺がシアーを調整するなり、引き金を引かなくても撃てるように工夫する。だが剣はそうはいかない」
「しかし、死に物狂いの敵は一発程度では止まりません」
「だからホローポイント弾だ。当たれば内蔵がミンチになる。最悪でも相打ちにはなる。作ってみた」
シャーナが右へ懸念を向け、アディヴェムがマガジンを1つ差し出す。露出した弾丸の先端は窪みが付けられていた。
「射出には魔法を使う。当たったら弾丸が砕けて内臓に突き刺さる。仮に、もしそっちで止まらなくても、魔性石が魔死病で殺す」
「保障できますか?」
「旅の途中、寄った所の死刑囚で試した。試験に100人、完成後に100人、計200人。だんだん効率良くなっていった。今は工場生産してる」
「わかりました。8発、ですか」
念入りに確認を終えたシャーナは窓から数える。マガジンを切り替え、早速一発。
「砕けませんよ」
「殺せるのは生物だけ。物体は貫通する」
的に穴が空き、シャーナは不満を漏らす。だが無表情の目は新しいおもちゃを貰った子供の様に輝いていた。
「そうですか。なら慣れなければいけません。あるだけ出してください」
「そうくると思って800発ほど、ラインから取ってきた」
木箱を長机に置きアディヴェムは離れようとすると、シャーナは引き留める。
「弾が撃てないならご主人はどうします? ここぞという時ではない、でも対処しなければいけない。という条件ならどう闘いますか?」
「銃身握ってハンマーみたいに殴り殺せばいい。剣だって殺撃がある。銃だからって撃って殺さないといけない義務は無い。水を無くすなら火じゃなくても、土を被せたり、固めて運び去ってもいい、電気分解でもいい。大事なのは柔軟性だ、竹と同じく」
「考えることは同じですか」
「シャーナは俺の優秀なメイドだから。あとは任せる」
アディヴェムが去り、シャーナは練習を始める。
(力が入ってしまいますね。うれしくて)