素人が準備体操もせずにいきなり素振り1万回とか……数時間前の自分を殴ってやりたい。
辺りが夕日の赤で染められている中、オレはカロリーゼリーをちゅるちゅると吸いながら遠い目をして黄昏れていた。
疲労で手が上がらないのでチューブを口に咥えて啜っている。誰かが居たなら行儀が悪いと叱られただろうけど、此処にいるのはオレとカラス先輩達だけだ。なんなら全裸で走り回っても問題ないだろう。
容易に下山出来ないと判ってから最低限の生活圏を構築し、その後はずっとシャベルを振り回し続けること数時間。
なんか途中で興が乗ったので昼メシも摂らずに頑張ることになった。
シャベルを握っていたときは全く疲労感がなかったが、少し休憩をと思ってシャベルから手を離した途端、手が上がらなくなった。よく見ると手の皮も所々破れたり、血豆になっていたりして痛みが酷い。コレに気付かないなんて、多分、脳内麻薬が出ていたのではなかろうか。どうやったらズブの素人がいきなりランナーズハイの状態に入ってしまうんだろうな?
とは言えそれなりに収穫はあった。
武器を持ったときの体の動かし方、シャベルの効率的な使い方は、昨日のオレとは比較にならないだろう。今だったら昨日と同じモンスターが襲ってきたとしても余裕で対処できる自覚がある……両手が使えたらだけどね!
――そんなことをツラツラと考えながら、中身が空になったカロリーゼリーの容器を未練がましく吸い続けていたのだが、太陽が完全に落ちたのを機に立ち上がり、首を振って容器を軽トラの方へ飛ばす。
後でちゃんと軽トラの荷台に乗っけておかないと管理人さんに怒られるなと思いつつも、疲労感が強くて動く気にならない。
今日はもう寝てしまってもいいんじゃ無いかなー、と投げやりな感じで考えていたら……左手の腕時計が虹色に光り出した。
空を見上げると昨日と同じように4つの月が美しく輝いている。
やっぱり、か……そうならない理由なんて無いからなぁ……本当にオレって馬鹿だ。
先ほど黄昏れていたのは単に疲れていたのでは無く、自分の愚行に現実逃避していたのだったりする。
せめて前より弱いモンスターだったいいんだけどなという思いは、昨日と全く同じプロセスを経て出て来た大きめ目のモンスターによって打ち破られた。
前のヤツの大きさが40cm前後だとしたら、今日出てきたモンスターは50cm前後だろうか? 明らかに昨日のヤツより強そうだ。もしかしなくても今日がオレの命日かもしれない。
マットブラックの穴から這い出てきたソイツは、後ずさるオレを見て明らかに嘲りの笑みを浮かべた。そして恐怖を煽るように両腕を振り上げてゆっくりと近付いてくる。
驚いた……敵を嬲るなんて、ヒトに近い知性があるのか?
前のヤツは出て来るなりいきなり飛びかかってきたし、昨日はオレも余裕が無くてよく観察することができなかった。正直見たくも無い醜悪な外見だったということもある。
更に後ずさるオレに対して、笑みを深くしたソイツは、まさしく加害意識を剥き出しにした人間に見えた。
ついにはオレの腕が上がらないことに気付き、醜悪な笑い声を発した。オレはその気持ち悪い声が我慢できずに膝を突いてしまう。目前にまで近付いたモンスターからはドブ川のような腐敗臭も漂って来ており、何であの白カラス達がコイツの同類を啄めたのか不思議に思う。
何の抵抗も示さない、ついでに言えば恐怖も示さないオレに、目の前のモンスターはつまらなそうに鼻を鳴らした。そしてもういいやとでもいうような投げやりな感じで醜悪なかぎ爪の付いた腕を振り上げ、一歩足を踏み出した……ところで落下した。
「全言撤回、やっぱり知能はヒト未満だ」
素早く立ち上がったオレは、首から上を残して穴に埋まったモンスターに対し、全体重を乗せた安全靴トゥーキックをお見舞いした。
モンスターが嵌まったのは午後に訓練と称して掘りまくった穴の一つだ。
素振りをしていたんじゃないかって? それはシャベルを持ったときに体を効率的に動かすための訓練だ。
シャベルをどの角度、速度で差し込めば楽に刺し貫けるかを確かめるために、素振りを終えた後の午後の時間をまるっと使って土相手に試行錯誤を重ねており、その結果を再利用したのがこの落とし穴である。
備えあれば憂いなし、いや、一石二鳥か? ……何にしても昔のヒトはうまい格言を作ったモノだと感心する。
首が奇妙に折れ曲がって絶命しているモンスターを見下ろし、そんな感慨にふけっていると白カラス達が飛んで来てその体を啄み始めた。
殺しておいてなんだけど、オレには捕食シーンに耐えられる強靱な精神は持ち合わせていない。とっとと退散することにしよう。今日も凄く疲れたし、早く寝たい。
あん? なんだよカラス先輩……えーと、寝る前に穴からモンスターを引きずり出せってか? 疲れているんだから勘弁してくれよ……って、痛い痛い、分ったから突くな!