弓矢は強力な武器だ。
当り方によっては金属鎧であっても貫通するし、貫通しなくても肉体に受ける衝撃はかなりのモノだ。
大きさがヒトかそれ以下の動物であれば十分な殺傷能力を持っている。
なによりその強みは射程にあり、遠距離から一方的に攻撃できるという点にある。いくら強力な武器を持とうが届かなければ意味は無く、剣の達人であっても舞台の外から攻撃されては敵わない。
逆に難点を上げるなら命中率か。
矢が手から離れるため、対象までの距離があるほど外乱の影響を受けて狙いが逸れる。相手からすれば、当たらなければどうということはない! と言いたくなるのも分かる。
ただ、それを補う術は幾らでもあって、数を揃える、連射能力を高めるなど、歴史書を紐解くまでも無いだろう。
何が言いたいのかというと、今の弓矢を射た状況は最適ってことだ。
縦に距離を持つことで一方的に攻撃できる、放った矢に位置エネルギーを加えられる、横方向の距離が短いことで重力による影響が少なく命中率が上がる、等々……。
大宮司がネズミ男達の罵声を黙って聞いていた理由がこれなのだろう。敵の注意を引きつけた後の宣言は、挑発を兼ねた射撃指示だ。
元から頭へ血が上っていたところに燃料を注がれ、連中には回避という選択肢はなくなり、一方的に射られるという状況が成る。
ネズミ男達へ降り注いだ矢の数なんて数えようもないが、面制圧という言葉が頭に浮かぶくらいなので不足はない。
はたして、毛皮と皮で出来た粗末な鎧では防ぐことは敵わず、矢は彼らの体に突き立ってハリネズミと化した。
「よし次だ。騎兵隊、突撃せよっ、一匹たりとも逃す出ないぞ!」
イヤイヤイヤ、どう見ても死んでるだろ…………そんな言葉は、元気に動き出したネズミ男達に止められた。
落馬している者がいる、何本もの矢を生やしている者もいる。しかし、先ほどの斉射で死んだ者はいないようだった。
もしかして、鎧で矢が止まっているのかと思ったが、矢が突き立っている箇所が血で赤く染まっているので貫通しているのは間違いない。
であれば、精神力で耐えたとしても、筋肉や腱がズタズタで体が動かないはずなんだが――どうなっていやがる?
いま起こっていることが信じられずに思考停止してしまったオレの目の前で、いつの間にか展開していた甲冑騎馬隊がネズミ男達に襲いかかる。
先頭の見覚えあるフルプレートアーマーは、甲冑ウーマンか? ……ぅわ、えげつねぇ、捕虜にするとか全く考えてないな。
騎馬による突進力を載せた槍の一撃は、近代兵器が出現するまでの最大攻撃力の一つではなかろうか。
槍を体に受けて吹っ飛んだり、首や腕や足がちぎれ飛んだりしているネズミ男達を見ているとそう考えざるを得ない。
甲冑ウーマンを先頭に円錐陣形で突撃した騎馬隊は、地面に墜ちた彼らを思うさま蹂躙した。無論、反撃もあったので無傷とはいかないが、落馬したのは一名に対し、ネズミ男達はほぼ壊滅状態に陥った。
「む、いかんな。レンジ、彼奴を助けよ。このような戦で兵を一名たりとも失うわけにはいかん」
「へ? 助けるって、どうやって――」
最後まで言わせて貰えず、オレはバルコニーから戦場へ蹴り出された。
落下による浮遊感は、最も死を間近に感じるモノだと思う。
故にオレは飛行機とかロープウェイとか、果てはエスカレーターに乗ることさえも忌避感がある。ジェットコースターとか絶対乗りたくないし、スカイダイビングなんて幾ら金を積まれたって断るだろう。
バルコニーから地上まで約15メートル。この高さは五階建てのビルから飛び降りるに等しい。
何考えてんだ、テメェ!! という大宮司への憤りはすぐ消え、どうやったら無事に着陸できるかという超難問で頭がいっぱいになった。
壁に捕まろうにも今のオレはy=ax2を描いて飛んでいる。
服をはだけてパラシュートにするなんて時間はなく、意味もない。
5点着地なんて、ぶっつけ本番で成功させられるのはマンガの中だけだし、そもそも15メートルという高さは技術限界を超えている。
打つ手なし。
死は免れたとしても、複雑骨折開放骨折全身打撲は避けられない絶望…………だが、それでも足掻くのがヒトなれば!
激突の瞬間、左手首に巻いた時計を地面に叩き付けた。
腕が本当に折れたかと思える衝撃に顔を顰めつつ、体が動くことを感覚的に確かめると、オレは走り出した。
なんだか目の前にいっぱい出てきたホロウィンドウは全て無視する。
いまは一人落馬して取り残された騎士を助けるのが先だ。でなければ、バルコニーから蹴り落とされた意味が無くなる。
戦争に荷担する気はないが、禄を食む者として最低限の仕事はしないと。それにしても、グロ耐性は無かったはずなのに平気なのは連中に現実味がない所為か?
地面に散らばる彼らの破片や血を見ても吐き気が起きない事に違和感を覚えつつ、状況を見る。
生き残ったネズミ男達は3名。
いずれも満身創痍でありながら、怒涛の勢いで落馬騎士を攻め立てている。
いくら良い装備で身を固めても3対1は分が悪い。それに突撃した騎士達の中では最も小柄で、落馬の衝撃で体を故障させている可能性もある。
矢によるサポートは敵味方が近すぎて期待できないし、騎馬隊がUターンして戻ってくるには最短でも20秒が必要だろう。
それはヒト一人が戦いで死ぬには十分な時間だ。
振り上げた剣で落馬騎士の頭をかち割ろうとしていたヤツにドロップキックをかまし、剣を腰だめに構えて突き刺そうとしていたヤツの足下にアメリカンクラッカーを投げつけて動きを止める。
頭目らしきネズミ男と、鍔迫り合いをしていた落馬騎士が、闖入者に驚いて一瞬動きを止めるも直ぐに戦闘を再開する。
一方、オレのドロップキックで邪魔されたネズミ男は凄まじい怒声を上げて斬りかかってくる。
アンタの怒りはもっともだが、ちょっと待って欲しい。そこでもたついているヤツが先だ。
単純に突進してきたネズミ男をヒョイッと横に避けると同時に足を掛けて転ばせる。
そして、不運にも刺さった矢と投げつけたアメリカンクラッカーが絡んで動けなくなったヤツの頭を、鞘に収めたままの刀で思い切りどついた。
オレに頭をどつかれたネズミ男は白目を剥いて昏倒し、転ばされたヤツは立ち上がって気勢を上げる。
「キサマ、■氏族ではないなっ、只人か!? 只人のゴミカスが、ぶち殺して食ってやらぁ!!」
「…………」
戦闘中によく喋るヤツだ。
全身に矢が突き刺さっているのによくそんな余裕があるもんだと感心する。ホントに体の構造はどうなっているんだか……。
大上段からの剣撃は迅く、とても全身に矢が刺さっているとは思えない。完全に殺す気で振るわれた剣には妙な迫力があって、背筋に怖気が走る。
なんとか避けられはしたものの何度も続けるのは無理だ。
横一文字に振るわれ蛮剣を後ろにステップして避けると、オレは鞘から刀を抜いた。
後でよく考えると戦争の雰囲気に酔っていたんだと思う。
袈裟斬りに振るわれた蛮剣を一寸の間隔で避け、下がった頭に振るった刀は、頭蓋を縦に割った。
飛び出す脳漿、両手に残ったヒトを斬る感触を、一生忘れることは無いだろう。
オレは、自分の目的の為にヒトを殺せる人間なのだ。