大宮司と共に会議室を出て、足早に教祖がいた廟の方へ向かう。
またあの痴女と相対しなければならないのかと暗澹な気分になったが、しかし、教祖の姿を隠す簾を捲り上げた先の光景は予想外のものだった。
「寝ている? 首か、いや背中からコードが伸びて……これは体に巻き付いていた紐なのか? 天井に向かって、その先にあるのは……!?」
目を閉じた教祖が豪奢なベッドに横たわり、豊満な体には薄いシーツが掛けられている。
ここまでなら驚くことはないのだが、異様なのはカラダの下から天井へ向かって伸びている複数のコードだ。
なにやら緑色の光が行ったり来たりしており……もしや、通信している?
「行き先は御神体だ。1日に2回の接続が必要でな、接続には多少手間が掛るゆえ、奴らが来たこのタイミングは不幸中の幸いよ。 ――『護』の字、防護壁を上げよ!」
『承知しました。防護壁、上げます!』
壁に並んだ伝声管から聞こえて来たのは、先ほど大宮司の指示を受けていた『護』の宮司の声だった。
それから間もなく、僅かな振動が足下から伝わってくる。流れからするに、どこかの侵入者防止の防護壁を閉めたのだろう。
……つーか、実用されている伝声管なんて初めて見たぞ。あんなの大戦時の軍艦ならともかく、蛍光灯とか使ってる建物で必要なのか?
そんな骨董品に対して教祖の体から伸びてるコードが凄く未来的で、文明的チグハグ感が半端ない。
色々とツッコミどころが多いのだが、鬼気迫る表情で伝声管に向かって怒鳴り立てている大宮司に尋ねられるほどオレの神経が太くない。まずは迫っている敵をなんとかするのが先だろう。
しかし……緊急時に新参者のオレが出来る事など無い。いつでも動けるように体調を万全にしておくぐらいが関の山だ。
そういえば、もう正午を越えた時間のはずで、腹が減った。
腹の虫を抑えるためにポケットからヒールゼリーを取り出したら、大宮司に横からかっ攫われた。
文句を言おうにも、指示の合間にヒールゼリーを啜り、伝声管に向かってがなり立てている大宮司に文句を言える訳もなく、オレはポケットからもう一つヒールゼリーを取り出して口に咥えた。
「何を呑気にこの馬鹿者めッ、 此処での指示は出し終えた。これから敵を迎え撃つ、来いっ!」
「わかった、判ったから腕を引っ張るな、肩が抜けるっての!」
自分の事は棚に上げて酷い暴君だ――とは思わない。
組織の幹部として彼女には率いる人達を護る義務と責任がある。仮とは言え、組織に組み込まれた者として文句を言えるわけがないのだ。
さて、そんな彼女に連れて行かれたのは教祖の間の下の階、そこから外を見渡せるバルコニーだった。
「すっげぇ、家がぜんぶ装甲板で覆われて……防護壁ってこれのことか」
昭和の町並みが、すっかり様変わりしていた。
具体的に言うと区画毎に家がチョバムプレートっぽい装甲板で覆われており、コンテナ船のブリッジから甲板に載せたコンテナを眺めているような感じだ。
こんな大がかりなギミック、どうやって作動させているんだろうか……。
オレにとっては驚天動地の光景なのだが、大宮司にも、そして敵にとってもこの光景は驚くに値しないようだ。
騎馬の集団が土埃を上げながら接近。街の様変わりに動じること無く通過し、宮殿を取り囲むように散開した。そして、一際大きな一騎が進み出て被、っていたフードをまくり上げる。
その下から現れた顔は、大宮司が殺したネズミ男によく似ていた。
いや、似ているというか、まったく同じ顔で、一瞬、生き返りを疑ってしまった。
冷静に考えれば双子か親類であることを疑うのが普通で……だが、先頭の男に続いてフードを捲り上げた連中、その全てが同じ顔であることに我が眼を疑った。
「何を驚いておる? あぁ、其方は知らぬのだったな。Y6=の氏族は男も女も全て同じ顔よ、気色悪いことにな」
「気色悪いってのには同意すけるけど……イヤイヤ、あり得んだろ! あれだけの大人数が全く同じ……まさかクローンか? それとも、遺伝子流出による大規模バイオハザード――」
「詮索は後にしろ。無視されてアヤツ、顔が真っ赤になっておる。相変わらず堪え性がない……やはり性根も、その全ても同じ、か」
無視の上、ヤレヤレと首を横に振ってため息を吐く大宮司に腹を立てたのか、先頭の大きな一騎が怒声を放った。
「こっんの、クソ■■の×××、▽▽女っ、よっくも、&$$%%してくれやがったな! (以下、放送禁止用語っぽい罵声が続く)」
そんな先頭の男に続き、後ろの連中も罵声も上げ始めた。
どうやら山で大宮司に殺された同胞の恨み、更には……奪い尽くすとか、殺すとか、とにかくヤバイ単語を並べ立てている。
完全武装した集団に敵意をぶつけられるというシチュエーションは、本来であれば逃げ出したくなるほど恐ろしいものだろう。
だが、怒り顔も、声も、仕草さえも、全く同じ。
しかも、この腕時計の機能なのか、暫く経って汚い言葉が遮断されて『ぴー』という信号音に変換されてしまっている。
まるでマンガやアニメの中から出てきたキャラがコピー&ペーストされて並んでいるような、若しくは、とある1ページを切り抜いて並べたみたいで、怖いと言うよりは『気色悪い』という言葉がピタリとくる。
むぅ、バルコニーの下、集団でキーキー泣きわめいている姿をみていると、本当のネズミに思えてきたぞ。
「我もアレと初めて相対した時は、同じように感じたものよ。そして時を経た今ではアレをヒトとして考えるのを止めておる。繁殖力が強いようでな、増えて食料が足らなくなったら略奪に来るのだ。追い払っても、どれだけ殺しても、次の季節には時間を巻き戻したように同じことを繰り返す。気に食わん$&“*氏族との共闘も……いや、今言うことでは無いな」
聞けば聞くほどネズミっぽい連中だ。
顔どころか、生態も近いとか、まるで誰かが用意した舞台装置にも思えてしまう。
ホントにこれは現実なのか? バーチャルリアリティの世界に迷い込んでしまったのではないかという疑問が再び湧き上がってくる。
ただ、彼らが敵意を持っていることは間違いない。現実にしろ、バーチャルリアリティにしろ、切り抜けなければ未来がない。
違いは外見がヒトっぽいというだけで、行動原理が略奪という生物というのなら害獣と同じだ。下手な遠慮は命を危険に晒す事になるだろう。
そんな感じでココロの準備を整えたら、ちょうど下の連中も罵声を出し尽くしたようだ。声の代わりに悪意が膨れあがっていくのを感じる。
そしてネズミ男の群れに対して、大宮司は冷酷な宣告を下す。
――聞け、略奪者どもよ。
この地に生きる者にとって、貴様らは害悪でしかない。
我らは貴様らを人として認めておらぬ、それ故、殺すことに躊躇はない。
Y6=の名を持つ害獣どもよ、死の定めを、全滅を覚悟せよ。
粛正を始める――
大宮司の言葉が終わると同時に、宮殿の屋上から無数の矢がネズミ男達に降り注いだ。