そんなオレの感傷はさておき、身を守る手段が増えたのは良い事だ。いつまでもシャベルを武器として使ってはいられないからな。
ただ、どうせなら使い方が似た槍の方がよかったなと思わざるを得ない。
一から道具の習熟に打ち込まなければならないのは面倒だし、間合いが狭くなった分、傷を負う可能性が高まる。
ま、その辺は愚痴になってしまうか。ガチャ元の妖怪時計に文句を言ったところで改善されないことは経験上、判りきっている。
オレは抜き身の剣――もとい、『刀』を鞘に収めると腰のベルトに差した。
日本であれば完全な銃刀法違反であるが、此処は日本どころか地球であるかも判らない異国だ。監視されている身ではあるが、衛士と呼ばれる戦闘職は常に武器を携帯しているし、最高幹部が銃をホルスターに吊っているくらいなのでお咎めはない。それに、いつオルトロス・チャイルドが出てきても対処できるように昨日の会議で武器携帯の承認は得ていた。
「…………いい、今すぐお持ち帰りしたい」
「『司』、自重せい! それにしても馬子にも衣装よな、頼りなさが消えて幾分凜々しく見えるようになったぞ」
「そいつはどうも。ガチャは終わったし解散でいいかな? 次はコイツを軽トラに積みたいし、SRカードの検証もしないと。悪いが姉さん、付き添ってくれ」
からかってくる姉さんと大宮司を躱しつつ、次なる目的を口にする。
早いところ用事を終わらせて出てきた刀の使い方を習熟したいのだ。そうでないとまたシャベルを使うしかなく、壊してしまうかもしれない。
ところが訓練場を出ようとしたオレの肩を大宮司が掴み、唇の端をヒクヒクと痙攣させつつ怖い笑顔で質問してきた。
「そなた、今何を口にした? 我の聞き違いでなければ『司』のヤツを『姉』と呼んだな、何故だ?」
「? ……どうもなにも姉さんは『姉』さんだろう。なにも間違ったことは言っていないと思うが」
なんだかよく分らないことを聞いてくる大宮司サマに素直に返答すると、顔を真っ赤に染めて憤怒の表情となった。
美人が台無しだが、発する威圧感が凄まじくて何も言えない。
「馬鹿者ッ、なんで昨日会ったばかりの女が其方の『姉』になるのだっ! おい『司』、貴様やりおったな!? ちょっとこっちへ来いッ! 少しは許すとは言ったが完全ににやり過ぎだ、この変態めっ!!」
「だ、大宮司サマ、これはちょっとした出来心で、いや、痛いッ、イタイイタイ、本当にゴメンナサイ、頭蓋骨を軋ませないで! 弟クン、お姉ちゃんを助けてー!!」
「まだ言うか、この異常性癖者め! おいレンジ、我はこの阿呆の根性を叩き直してやらねばならん、何処にも行くでないぞ!」
「い~~~~や~~~~ッ!!」
そう言い捨てると、大宮司は姉さんの顔面にヘルクローを掛けたまま訓練場を出て行った。そして姉さんの秘書であるアセリア侍祭も慌てて付いていく。
どうしたものか……計らずとも自由時間が出来たし、帰ってくるまで剣の修練でもするか?
---
自分の体にあった刀の振り方を考えながら素振りをすること約五千回、そんなタイミングで大宮司と姉さんたちが訓練場に戻ってきた。
姉さんは大分くたびれた感じになっており、ずっと肉体言語を交えた説教を受けていたモノと思われる。
説教の理由は分らないものの、安易に触れるととばっちりを貰いそうなので何も聞かないことにする。何をするにしたってKY(危険予知)は大事なのだ。
ただ、随分待たされたし小言くらいは許されるだろう。
「遅かったな、もうすぐ昼だぜ」
「待たせてすまん。やはりこの阿呆には任せられんというのが我の結論だ。よってこれからは我が其方の監視役になる。そのことを幹部連中に納得させておったら遅くなった、許せ」
「う、ぅう、理想の弟が……私の光源氏計画が~」
「まだ言うか! 『司』、次にやったら『鋼鉄の処女』を使うからな、楽しみにしておれよ?」
えーと、『鋼鉄の処女』って、オレの知っている通りのものなら処刑用具なんだが……何が大宮司の逆鱗に触れたのか分らないが凄い怒りようだ。恐らくは宗教上の禁忌に触れることでもあったのだろう。何かと世話をしてくれた姉さんが監視役から外れるのは残念だが、姉弟なんだしまた一緒に過ごす時間もあるさ。
幾分の寂しさを感じつつも、泣きながらアセリア侍祭に引っ張られて退場していく姉さんに手を振って見送った。
「ようやくあるべき形になったな。我の妥協が奴らをつけ上がらせてしまった、許せ」
「…………まぁ、コレで手を拭け。あとこれでも飲んで気分を入れ替えろ」
「おお、気が利くな! 其方の十分の一ほども気が利けば我の気苦労も随分と減るのだが、ままならん」
正直、予想外の展開で頭が付いていけない。気を落ち着かせようにも大宮司の赤黒く変色した両手が怖すぎた。
とにかくこのままにしてはいけないと、ポケットからタオルとヒールゼリーを取り出して渡したが、それによって憤怒一色だった大宮司に笑顔が戻った。
「さて、次は車の調子を見るのだったか? 先ほどの結果からするに、更に面白いモノが見られるやもしれぬ、期待しておるぞ?」
「オレも初めてだから何が起こるか判らん、過度な期待は勘弁してくれ」
「何の気も止めていなかったモノに恐ろしいほどの性能があったのだ。そのSRカードとやらは出てきた物品の中でとても貴重なものなのだろう? 楽しみにしておるぞ」
「……へいへい」
本来の調子に戻った大宮司は相変わらずせっかちだ。拭ったタオルをその辺に放り投げると、ヒールゼリーを啜りつつ軽トラに向かって歩き出す。
オレは使用済みのタオルにライターで火を付け、一瞬にして水に変換されるのを確認した後、慌てて後を追った。
---
向かった先、軽トラックは昨日、停めた位置から移動することなくそこにあった。
なんか人が群がっていたけど、大宮司が近付くにつれて蜘蛛の子を散らすように退散していく。
この街に住んでいる人達なんだろうけど……うーん、老若男女、誰も彼もがネコミミを着けていた。宮殿に住む人達だけだと思いたかったけど、教団の教義は徹底されているらしい。
「さぁ、遠慮無く試すがよい! 実を言うとな、あのとき邪魔が入ってからずっと心待ちにしていたのだ」
「……アイアイサー」
遠巻きに此方を見ている人達は気にしなくてもいいのかなと思いつつ、ドアロックを解除して運転席に乗り込む。そしてサンバイザーに差してあったSRカードを引き抜いた。
問題はコイツをどう使うかだな。
グローブボックスとかその他の収納スペースに積まれていた正体不明の機械。そこにカードが差し込んであったから交換することを思いついたけど、よく考えたら元のカードを取り出せないのに入れ替えはできない。
案の定、グローブボックスやその他の機械にカードを近づけても何も起こらなかったし、新たにカードを差す箇所もない。
はて困った。本当にコレはどうやって使ったらいいんだ?
困り果てたオレは一旦、軽トラから降りることにした。
「どうした? 何も起きておらぬが。もしや車内で何か変化があったのか」
「いんや、コイツをどう使ったらいいのか分らなくてな。一人で悩んでいてもしょうがないから降りただけだ。大宮司の意見が欲しい」
「其方に分らぬものが、我に分かる道理があるか! ……我よりそのオメガデバイスもどきに聞いてみるがいい、それからSRカードが出てきたのであろう?」
「……ソイツは盲点だった、すまん」
何を聞いたって答えてくれないし、それどころか悪態が帰ってくるので選択肢から消えていた。ガチャから何から全部コイツが原因だし、コイツに聞くのが道理だな。
そう思って妖怪時計にSRカードを近づけると、驚いたことにモンスターの核と同様に分解、吸収された。
更には複数のホログラフ・ウィンドウが勝手に立ち上がってプログラムらしきものが上から下へ滝のように流れていく。
そして何が起きているか聞こうとする間もなく全てのウィンドウが閉じると、凄い早さで12の時字(アワーマーク)から光が飛び、目の前に光の珠が構成されていく。
「ぉ、おおぉ、凄いな! 何が起こっておるのだ!?」
「オレに分かるわけないだろうが! マジでなんだコレ……もしかするとエバネッセントフォトンによる光情報の構築……いやいや、なんで反射領域がないのに存在しているし、それが見える? あっ、ホログラフ現像技術でそれを可能にしているのかっ、嘘だろ!?」
「何語だそれはッ、我が分かるように説明せんか! このおたんこナス!!」
ぎゃーぎゃーと騒ぐオレ達をよそに、光の珠はどんどん大きくなってソフトボール大の大きさになると軽トラに向かって飛んだ。そして軽トラが白い光に包まれて……変形が始まった。