えーと、茶色の箱の一つ目は……うん、いつものヒールゼリーだな。
食料としても優秀な一品であるが、医療品でもある事が判り、いくらあってもいい評価爆上げの品物だ。
それを箱から取り出したところ、横で見ていた『医』の少年が歓声を上げて期待の籠もった視線を向けてくる。
「そうせっつかないでくれ、ほら、約束通り少し分けてやるよ」
「ありがとうございます、兄さん! よーし、これでまた研究が進むぞ。アラタ侍祭、すぐに皆を集めて、僕もすぐに向かうから。これを持って行って準備を進めていて。あ、間違っても着服しちゃ駄目だよ!」
ヒールゼリーを渡された白衣の女性――アラタ侍祭は、持っていた保存箱にヒールゼリーを入れると、足早に訓練所から出て行く。少年に指示されて更なる効力を解明するための研究に向かったのだろう。
実を言えばオレも非常に知識欲をそそられており、研究に関わりたくあるのだが、まだ行動を制限されている身でもあるし、あちらこちらの分野に手を出せるほどオレは器用じゃない。ヒトに任せられることは任せないと時間がいくらあっても足りない。
よーし、さい先いいぞ。どんどん開けていこう。
これは……ああ、筆記用具セットだな。ノートにボールペン、それにインキを吸収するネリ消しの3点セットで、オレは日記を書くのに使っている。
流石にこれは何処にでもあるし、ヒールゼリーに比べるとハズレの部類だろうか。
「そうさね、アタシとしてはアメニティセットが良かったんだけど、これはこれで面白いよ。ペンはいくら文字を書いても疲れない、インクは長持ちで色んな色に変えられるし、太さ細さも自由自在。ノートは一枚一枚の紙に選択ボタンっぽいモノが付いてて好きな掛け線を選べるらしいね、一度選ぶと変えられないようだけど。あと、紙が凄く薄くて馬鹿みたいに軽いし、場所を取らないのもいい。最後のネリ消しはハッキリ言って驚異だね。油性インキを綺麗さっぱり消せるのにも驚いたけど、色素と名の付くモノであれば何でも消せちゃうらしいのさ、程度はあるけどね。もしやと思って顔のシミに試したら消えちまってねぇ、アタシらの間で争奪戦さ、アッハッハ!」
そう言って大いに笑うオバチャンではあるが目が笑っていない。
つーか、ネリ消しの秘めたる効力を聞いた、この場にいる全ての女性が獲物を狙う野獣の目になった。
いつでもどこでも女性の美に懸ける執念は同じということか。
「……今のところ、筆記用具は足りてるから全部提供するよ。再現できるよう頑張ってください」
「あいよっ、まかせな! こ、これで長年付き合ってたアレを消せる……く、く、ひひひ」
「ちょっと『商』、それは公文書を改ざん出来るとても危険な物ではないでしょうか? 私も研究に参加します!」
「あ、あー、大宮司としても、その存在は見過ごせんなー、特別に被験者となっても良いかもなー」
「ずるいですよ、宮司様!」「わ、私も是非っ」「私も!」
幹部どころか、付き従う女性侍祭も渡したネリ消しに群がっている。使ってて便利だなと思いはしたが、そんな隠された性能があったとはな。
やはり一人だと発想が限定されるようで、このへん山から下りて良かったことの一つだろう。オレだけでは到底思いつかなかった使い方だ。
因みに、出てきたガチャ商品はオレの裁量で教団へ分け与えることになった。
ガチャから出たモノが高性能品であることはヒールゼリーによって証明されており、それを解明して複製できれば教団の発展に繋がる。一人で消費するには多い品物もあるので、余ったモノは宿泊費用の代わりに提供する事にしたのだ。
全部没収するとかそんな過激な意見も出たが、これから仲間になるかもしれない者にそんな非道な事をするのかという意見に相殺された。宗教関係者はネジが飛んでいるヒトが多いイメージがあるが、この教団はえらく理性的だ(敵は容赦なく殺すという側面はあるが)。
ま、ガチャで出るモノを全て没収したところで、この町全てのヒトに行き渡るワケがなく、それならサンプルを気持ちよく提供させて複製するのが良い、という思惑があるのではないだろうか。
さて、次は最後の茶色箱だな。
アメニティセットが出てこない事を祈るぜ。アレにはシャンプーやボディソープ、保湿液やちょっとした香水とか、美容に直結するような品物が入っているからな。ネリ消しどころの騒ぎじゃ収まらないかもしれない。
そう思いつつ取り出したのは液体の入ったポリタンクだった。アメニティセットじゃ無くてオバチャンは明らかに落胆している。
「ん、と……あぁ、ガソリンだな。ま、在庫としてあればあるほどいい。これはやれないぞ?」
「うむ、燃料の類いは御神体から十分な供給がある。それは其方から分けて貰う必要はない」
「そうだね。成分に興味はあるけど、今は他のモノの効果を確かめる時間が欲しい。昨日からアタシの部下に徹夜させてるからね、ちょっと休ませないと」
じゃあ、これは後で軽トラまで持っていくことにしよう。提供した分の荷物を下ろしたから荷台には余裕がある。
教団でもガソリンは持っていると思うけど、油種によってはエンジンを壊してしまう可能性があるからな。その分、ガチャから出たガソリンは信頼できる。
移動できない軽トラなんて単なるデカい箱だ、燃料は切らさないようにしないと。
よし、これで茶色箱は全部だな、次は銀色の箱を開けよう。
あー、こらこら大宮司、アンタは二丁拳銃あるだろうが。爛々と眼を輝かせやがって、次にハンドガンが出たら他の人に渡すって昨日決めただろ? さーて、今日は何がでるか……。
「これは……インナーでしょうか?」
「伸縮自在な素材で、体にぴっちりと密着する……間違いなさそうだ。これは初めて出たな」
「なんだ、つまらぬ。前で戦う其方が着ておけ。薄地でも素材がよければひっかき傷を防いでくれるであろう」
うーん、性能は試すまで判らないけど、今着ているツナギと同じく防刃素材で作られているなら結構な防御力UPだろう。皮膚は臓器という言葉があって、実際に他の臓器と変わらず重要だ。これで傷つくリスクを大幅に減らせるわけで、有り難く着させて貰おう。
「2つ目は……なんだ剣かい。姫様、ハズレだよ」
「ちょっと『商』のお母さん! 兄さんの物を勝手に漁ちゃ駄目ですって、怒りますよ!」
「はいはい、『工』にヤツがこの場にいたら喜ぶんだろうけど、アタシは興味ないね……そら、受け取りな」
インナーを着るのに手間取っていたら、『商』のオバチャンが勝手に銀箱を開けてしまったようだ。『医』の少年がそれを見て咎めている。
何処の世界でもオバチャンは面の皮が厚いなと思いつつ、手渡してきた剣を受け取ると、『商』のオバチャンは興味を無くしたのかこの場を去って行った。
『医』の少年も頭を下げて去って行く。ヒールゼリーの研究に早く取りかかりたいのか此方も足早だ。二人とも幹部だし、他にも仕事があって時間に余裕がないのだろう。
「ふむ、銃が出なかったのは残念であるが……出てきたその剣、業物ではないか?」
「そうですね。長さはそう変わりません、形状は少し変わっていますが剣は剣でしょう。『工』の工房で作られるものより風格があるように思います」
そんな寸評をする大宮司と姉さんを横おいて、改めて出てきた剣を観察する。
なんか最近、感覚が麻痺しているけど、普通にこれは凶器で、生き物を害する為に作られた『武器』なのだ。それを普通に握っている自分への違和感が凄い。
今まで握ってきたシャベルは土木作業道具という認識だった。殺すのも現実を感じさせない化け物ばかりで、害虫駆除の延長線上という感じだった。
銃にしたって引き金を引けば弾が飛び出るというだけで、それは武器というよりは危険な『工具』という認識だった。
しかし、コイツは……手に感じる重み、そして研がれた刃は否応なく命を奪うための道具であることを訴えてくる。
これを使って生き物を殺さなければならないのだ。そして、やはり此処は平和な日本ではないのだということを、今ようやく実感した。