「やれやれ、街の守護たる衛士がこのような醜態を晒すとはな……引き継いで後、『護』の奴はどのような教育を施しておったのだ」
頭から手を離した『飼』の宮司が暗い表情で不満を口にする。
こんな姿を見せられては当り前か……。
今も負け猫のポーズを崩さないボディビルダー(ネコ耳付き)は見ていて辛い。もしかしてオレが降参を受け入れなければこのままなのだろうか?
助けを求めるように御老人に視線を向けると、暗澹たる表情のまま彼らに向かって何かの合図をする。
すると、降参のポーズを取っていた文月さんはすぐさま起き上がり、悶絶している長月サンを抱き上げて素早く退散していった。
息苦しそうにうめいている葉月さんも、遠巻きに眺めていた衛士達が数人がかりでその巨体を支えて訓練場から出て行った。
「馬鹿者どもめ、聖地に敵の侵入を許したのも不注意だけではないな。訓練のやり直しだ! まったく……儂の手間ばかり増やしおってからに」
「あの、宮司サマ、オレの追試は……」
ほうっておくと、オレを無視したままどんどんヤバイ方向に進んでいきそうで、激高する御老人に恐る恐る声を掛ける。
彼らの名誉のために言っておくが決して弱くはなかった。少なくともグレ●リンタイプのモンスター以上の戦闘能力を持ち、更には連携もとれていたのだから、思惑に沿って正面から勝負していたら袋叩きにされていただろう。
オレが勝てたのは、上手く意表を突けたのと、複数のモンスターを相手することを想定して作っておいた道具によるところが大きい。初手を間違えていたら立場は逆になっていた。
「追試か……文句なしの合格よ。3対1という不利な状況でありながら、恐慌に陥らず、勝つための筋を見定め、的確な行動を取って勝利した。言うのは容易いが、多くの者が不利な状況に追い込まれた時点で諦める。伝達古語で言う『無理ゲー』だの『クソゲー』などとほざいてな。自らで活路も開けぬような愚物を大宮司様の側には置けん。お主がそのような者であれば斬っていた。試練を受けぬ意思を見せておれば論外だ」
「……ありがとうございます」
オレは内心の動揺を隠して平坦な声で礼を言った。
あのとき、病室で追試を受ける意思を示さなければ、そして追試の内容を聞いて怯んでいたら、目の前の御老人に殺されていた――ということだ。
今更ではあるが途轍もなくやばい組織に関わってしまった。
判断一つ間違えば即、命を失うとか昭和の任侠世界でも中々ないだろう……封建時代の武家社会並か?
山頂で大宮司サマが敵の首を容赦なく刎ねていた時から想像していたものの、改めて幹部の口から『斬る』と言われると心にクるものがある。
ホントにもう、平和の2文字しかない現代日本に帰りたい……が、それを表情に出したら御老人は容赦なくオレを斬るだろう。必死にポーカーフェイスを保つ。
「追試結果に文句は無い。ただな……思ったよりお主は骨のある人物のようだ、先ほどの追試では全てを計り切れん。そこなボンクラどもを当てがっても意味が無いのでな、儂がお主の相手をする」
「ちょっ……!!」
そんなんありか!? という喉までせり上がった言葉を飲み込む。
オレと同じく160cmに届くかどうかという小さな体躯でありながら、発される迫力はこの場にいる衛士のどれよりも強い。もし対戦相手として、この訓練所全ての衛士と目の前の御老人のどちらかを選べと聞かれたら、何の躊躇いもなく前者を選ぶだろう。
なんか背後に阿吽の仁王像を背負っている(ように見える)御老人に、死を予感したが――助け船は然るべき所から出された。
「我は幸せ者よな、教団の未来を憂いて行動する者が多くおる。しかし、同時に悲しくもある。大宮司たる我の決定を差し置き、独断で行動する者があまりにも多すぎる。粛正も致し方あるまいて」
「こ、これは大宮司様、いやこれは決してあなた様のご判断を軽視したのではなく――おい、お主からも何か言って取り直さんか!」
突然、修練場に現れた大宮司に、背後に背負った仁王像を霧散させて『飼』の宮司が大いに狼狽える。
なんだろうこの変わり身の早さは。それほど大宮司サマのいう処罰が怖いのか……? だけどまぁ、彼に借りを作るこの状況を逃す手は無いな。
「えーと、大宮司サマ? この追試はオレから言い出したことでして……ホラ、さっきは情けない姿を見せちゃったから、汚名返上の機会をお願いした次第でありますよ」
「む、其方が望んだというのであれば仕方ない……しかし、独断の責は負って然るべきよ。教祖のご尊顔、10秒直視を以て贖いとする。本来であれば60秒とするところであるが、レンジの提言に感謝するがよい」
「……寛大な処置に感謝します」
大宮司に見えない角度で親指を立てて拳を突き出す御老人に、脱力させられそうになるも無事に貸しを作れたようで安堵する。
これでよほどのヘマをしない限り、即座に殺されると言うことはないだろう。
しかし……教祖の直視が罰になるって何なんだ。そりゃあ、あの艶姿を直視して鼻血でも出したなら幹部として威厳もへったくれもなくなるってのはワカるけどさ。
周りの衛士達も『飼』の宮司への処遇に表情を青くしているので、対外的にも思い罰と認識されているようだ。
もしかしてこの教団には童貞しか居ないのかもしれない……って、そりゃあ酷すぎる偏見だな。
「驚いたぞ、病室に戻ってみれば何処にも姿が無い。検査を最優先で受けるよう、申しつけたであろう?」
「それは、まあ……悪かったよ。アイタタ……ヘルクローは勘弁してくれ」
もはや挨拶になってしまった握力比べも、全力で仕掛けてくるからタチが悪い。そこの羨ましそうにしている衛士諸君、代りたいなら申し出たまえ、喜んで交代してやる。
そんな冗談はそこまでにして、だ。
「もう、月がでるまで時間がない。昨日みたくオルトロス・チャイルドが出てきたら病室を滅茶苦茶にしちゃうからな、アレ対策に作った道具の使い具合を兼ねて追試を申し出たワケだ。思ったよりキツかったけど、自信にはなった」
「なるほどな……して、勝機は?」
「90パーセント。君やそこの御老人に手伝って貰えれば100%って言えるんだけど、今回はオレ一人でアレと戦う。いくら追試で認めて貰っても、本番で下手を打つようだと信頼はして貰えないだろうからな。これからもモンスターとはオレだけが戦うつもりだ」
「殊勝なことよ。我としては其方を危険に晒すのは反対だ。只人で、特別なオメガデバイスを持つとくれば換えが効かん。其方はもっと自身の貴重性を自覚すべきだ」
ともすれば聞き逃しそうな会話の中に違和感を覚え……反芻して、頭を殴られたような衝撃を受けた。
「――大宮司、いまなんて言った!!」
「? 自分の貴重なところを自覚しろと」
「そこじゃない! この妖怪時計をオメガデバイスって、いままで翻訳されなかった単語が、あっ、テメ、この野郎!」
大宮司に詰め寄ろうとする行動を遮るように、いつの間にか昇っていた月から光が降り注ぐ。
随分と早いじゃないかと思ったが、どうやら追試をしている間に時間が過ぎ去っていたようで訓練場の照明に光が灯っていた。
ようやく開示された情報をお預けされるという状況に頭を掻き毟りたくなる焦燥感を覚えつつも、いつものマットブラックの穴から出てくるだろうモンスターに意識を集中させた。